イノベーターが
見ている未来

vol.21

確固たる世界観を持ち、新しい取り組みをしている「次世代リーダー」へのインタビュー。
その取り組みと背景、そして未来についての展望をうかがいます。

JUNES
代表

BOWEさん (age.46)

“かっこいい生き方”をトータルでデザイン。
ヘアから異業種に広がる「男の勝負シリーズ」とは?

カリスマ美容師ブーム冷めやらぬ2002年、美容室の聖地・原宿に「メンズ専用サロン」をオープンさせて業界内でも注目の的となった「JUNES」。今回はその仕掛け役となったBOWE(ボウ)さんに登場いただきます。メンズオンリーヘアサロンの出店にとどまらず、2015年からは「メンズ向け」をテーマにしてレストランやスポーツジムなど異業種とのコラボレーション企画にも着手。BOWEさんが見据える、理美容業の新たな可能性についてうかがいます。

1970年、鹿児島県出身。大学に入学するも理美容専門学校へと進路を改め、卒業。1990年、JUNESへ就職するため東京へ。1993年の23歳のときに店長に抜擢され、1996年にはメンズオンリーサロン1号店をプロデュース。2002年にはプロデュース5軒目のサロンを原宿に出店し、原宿初のメンズオンリーサロンとして注目を浴びた。2007年、JUNESの取締役に就任。サロンワークや撮影スタイリング、セミナー講師としても活躍するほか、メンズ向けプロダクツの開発や異業種とのコラボ企画も手がける。また2016年11月にはJUNES7店舗目にして、和をコンセプトにした新業態のサロン「JUNES man バーバー三軒茶屋」をオープンさせた。
http://www.junes5.com/

第1章理容師コンプレックスを原動力に

「理容室がダサいんじゃない、自分のやっていることがダサかっただけ。
それなら、かっこよくしていけばいいと気づいた。」

BOWEさんのご実家は理容室だそうですが、それが理容師を目指したきっかけですか?

なんとなく後を継いで理容師になる気持ちはありました。でも実は高校の先生に「大学に行かせてもらえる環境ならば行ったほうがいい」とすすめられ、大学へ進学したんです。ところが大学生になったものの、「早く働いて一人前の大人になりたい」という思いがわいてきて、理容専門学校に入りなおすことに。結局、大学は自主退学をして、理容の学校を卒業しました。

卒業後はすぐ「JUNES」に?

当時は理容学校がある地元に就職するのが当然という雰囲気があり、鹿児島にある実家の理容室に就職しました。でもそこで働いたのは2~3カ月くらいかな。店でお世話になっていたディーラーさんから「JUNES」出身の方を紹介していただき、そのつてで東京・目白にあった「JUNES」に勤めることになったんです。僕はどんなサロンかも知らなかったのですが、「東京で働ける!」というだけで決めました(笑)。

ところがいざ勤めてみたら、東京とはいえ「美容室に比べたら理容室はダサいな…」と勝手なことを考えていました。働く服装にしてもその頃の美容師さんは黒ずくめでかっこいいのに、自分はそっけない白いシャツというのも嫌でした。美容師に比べて理容師である自分がコンプレックスで。だけど「理容室だから仕方ないんだ…」なんてあきらめて、いやいや働いていましたね。

いまのBOWEさんからは想像がつきませんね。転機はありましたか?

「もう辞めて地元に帰ろうかな…」なんて考えていたとき、オーナーから「早稲田店の店長をやらないか?」と誘われたんです。それならもう少しがんばろうと考え直して、店長を引き受けることに。そして店を任されたことで「理容室がダサい、なんてのは言い訳だ」って気付いたんです。どうせ理容室だから…とあきらめている自分がダサいのであって、かっこよくなるように努力すればいいんだって考え方が変わりました。

それから少しずつ自分がやりたい店づくりを始めました。自分で考えてPOPを作ったり、BGMが有線放送だったのを好きなレコードに変えたり。そうして店が軌道にのっていったある日、店舗移転の話が出ました。せっかくイチから店を立ち上げるなら、もっと自分が目指す店の形にしたい。そう思ってオーナーを説得してオープンしたのが、初めて「メンズオンリーサロン」をうたい文句にした早稲田店です。

男性専用にしたのは、どうしてですか?

よく聞かれるんですが、「自分の苦手なものを捨てた結果」なんですよ。なにせ理容師コンプレックスを抱えていたもので、「女性のお客さまであれば、美容師には勝てない…」という苦手意識。だったらいっそ、男性限定で勝負しようと思ったんです。従来の理容室のイメージにとらわれず、お店の内装は真っ白い床や天井にしたり、DJブースを作ったり。当時はネットカフェができ始めて話題だったので、ネットができるコーナーを設けたりもしました。

オープンしたところ、土日は10人以上の行列が当たり前。スタッフ5人で500万円の売上を出した月もありました。理容室価格でカット代が当時3000円台だったので、大繁盛といえる状況です。そのころはファッションに敏感な男性も増えていたとはいえ、理美容業界ではまだ男性客は女性客に比べると格下に考えられていたように思います。でもこの状況を目の当たりにして僕自身、「メンズ市場もなめちゃいけないな」と改めて実感しました。

その後、2002年に原宿に進出。有名美容室が軒を連ねる原宿に、メンズオンリーサロンが出店したと話題になりましたね。

この原宿出店の前にはメンズオンリーサロンを計4店舗立ち上げていて、他店と比べてもトップレベルと言える売上がありました。それでも依然として、理容師コンプレックスはぬぐえない。それで考えたのが、「原宿へ進出したら自分もかっこよくなれるのでは」ということ。「本物を手に入れたら、それにふさわしい自分に成長できるのではないか」と考えたんです。

原宿に出店した頃から、経営にも関わらせてもらうようになりました。経営面を知ると、「お客さんが来ても案外利益が残らない仕事だな」って驚きましたね。原宿なんて家賃も高いし、ライバルも多い。正直、最初は大変でした。取材の申込もたくさんあって、対外的には余裕のあるそぶりでいましたが、夜中には不安で突然目が覚めることも(笑)。

だけどあるときから「なるようにしかならない」と開き直りました。学校のテストと違って、大人の世界って明確な答えがないもの。だからこそ人と同じことをしていたら厳しいし、「発想」が大事だと思うんです。まず自分がやりたい想いや直感、感覚を大事にして「できることに取り組んでいけばいい」と思ってやってきました。

メンズオンリーサロンにしても原宿進出にしても、BOWEさんを信頼して任せてくれた「JUNES」創業者であるオーナー社長さんも心が広い方ですね。

オーナーは僕のことをずっと、対等なパートナーとして大切に扱ってくれます。怒られたり、お金の使い方に文句を言われたことが一度もないんです。だからこそ裏切れない、しっかりしないと、という想いがあります。オーナーがそういう感じなので逆に、自分が石橋を叩いて渡るようなタイプになった面もありますね。

  • 原宿店オープンの際はインテリアも厳選。カット面の座席も業務用ではなく、憧れだった「バルセロナチェア」をチョイス。チェアのサイズに合わせて、置き場の高さやサイズを設計したというこだわり

  • プライベート商品のヘアワックス。成分はもちろん、香りや使い心地、容器デザインにも手を抜かない。このほかに、商品開発に携わった育毛ケアシャンプーも販売

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