サロンで始める
訪問美容~データ&実例編~
超高齢化社会を迎え、サロンの潜在市場として注目される “訪問美容”。
データや実践事例を交えて訪問美容の可能性について考えていきます。
vol.13
実例編まずはサロンのバリアフリーから出発。
400軒以上の個人宅を訪問する経営とは?
美容室 空(東京都八王子市)
- 全スタッフ6名
- 1店舗
- オーナー:
- 杉本剛英さん
- 訪問美容開始:
- 2004年
- 訪問施設数:
- 定期1施設、不定期2施設(1回の訪問で5〜10名)
- 施設訪問頻度:
- 1カ月に2回
- 訪問個人顧客数:
- 約400件
- 個人顧客訪問頻度:
- 2〜3カ月に1回
- 訪問スタッフ:
- 兼任5名
- 価格:
- 【施設】カット2,000円〜、パーマ9,000円〜、カラー8,000円〜
【個人宅】カット4,000円、パーマ9,000円〜、カラー8,000円〜
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Q
訪問美容を始めようと考えたきっかけはどんなことでしたか?
-
A
寝たきりの叔母に何もしてあげられなかった後悔でした。
叔母に対する申し訳ない気持ちのなかで、福祉美容との出会いが。
まだ他のサロンに勤務していた頃、叔母のお見舞いに行ったことがありました。そのとき、母に「息子は美容師をやっているんだよ」と紹介されたにもかかわらず、寝たきり状態の叔母に社交辞令でも「今度カットさせてください」と言う自信がなかったのです。そんな想いを抱えていたときに、勤務先に山野学苑から福祉美容の講習のDMが届きました。ベッドでも髪を落とさずにカットできる方法の講習だったので「これだ!」と思ってすぐ参加しました。
その講習は1日だけでしたが、それから福祉美容の世界にはまっていきました。同じ美容でも異なる器具を使うことに興味をもったこともありますが、本格的に福祉について学んでみたくなったのです。ヘルパーの資格を取るため、サロンの定休日に半年間の講座に通いました。講座に通ううちに、「これからの美容室に必要なのは福祉だ。だからサロンもバリアフリーでなければ!」と考えるようになっていきました。
誰でも気軽に来られる「バリアフリーサロン」をつくりました。
自分の想いは強くなっていき、日本が高齢化社会になっていくこともわかっていましたが、当時勤務していたサロンは若者向けの駅前店。オーナーは福祉美容には興味がなかったため、「それなら独立して自分でやるしかない」と思ったのです。ヘルパーの資格を取ってほどない2004年の12月に自分のサロンを開業することになりました。当時は訪問美容のことはまだ考えておらず、車いすの方でも気軽に訪れることができるバリアフリーの店舗をつくりました。1階の路面店で、段差のないシャンプー台を作り、トイレは車いすの方でも入れるような広さで、引き戸式のドアにしました。
こだわったのは「福祉専門ではなく、誰でも入りやすいバリアフリー」です。お客さまのほとんどは一般の方ですから、分け隔てがないことがポイントだと考えています。
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Q
開業してから訪問美容はどう広がっていったのですか?
-
A
徐々に、スタッフが増えるとともに訪問先も増えていきました。
市の高齢者支援サービスを利用することで、個人宅の人数が増えていきました。
オープン当初は私とアシスタントのふたりでしたので、定休日に個人のお宅に、訪問することから始めました。美容組合に加入しているので、八王子市の高齢者支援サービスの出張美容をきっかけに、徐々にお客さまが増えていきました。八王子市にあるほとんどの地域包括センターに顔を出し、ケアマネジャーの方々にご紹介いただくことも多かったです。お客さまからのご紹介や、ホームページをご覧になった方もいらっしゃいます。
現在は私をのぞいて5名のスタッフがいますが、全員がサロンと訪問美容を兼務しています。そのおかげで、定期・不定期合わせて3軒の病院と、約400軒の個人宅にうかがっています。病院は2名体制で訪問することが多いですが、その日の予約数や、パーマやカラーなどが多い場合は3名で訪問することもあります。個人宅の8割は八王子市の高齢者支援サービスのご利用者。ご本人負担は500円だけなので、気軽に利用される方が多いようです。
育児による休眠スタイリストなどを採用。各自の事情に合わせた働き方を提供。
サロン自体がバリアフリーなので、車いすで来られるお客さまがいるため、スタッフ採用の際は「福祉美容に興味がある人」に限定しています。ただし、福祉美容の技術に自信満々というタイプより、人の心に寄りそえる人間性を重視しています。
正社員は男性スタッフひとりのみで、彼にはサロンワークをメインに担当してもらっています。他には子育て期間にブランクがある人、ずっとエステの仕事をしていて50歳を過ぎてから美容師の資格を取った人も。また、昔の私と同様に、勤務していたサロンでは福祉美容がなかったため、うちに興味をもってくれた若いスタッフもいます。家庭や他の仕事との兼ね合いで、フルタイム勤務が難しいスタッフをパートとして採用して、彼女たちの事情に合わせて働きやすい環境を提供しています。
利用者の方や家族の方の気持ちに寄りそった訪問美容を。
(※以下、スタッフのみなさんにコメントをいただきました)
河口みかさん「9年間の育児ブランクを経て、フルタイム復帰は難しいと考えていた8年前に杉本さんと出会い採用していただきました。お客さまには障がいのある若い方から、100歳を超える高齢者の方もいらっしゃいます。そのすべての方に信頼される美容師になりたいです」
奥津きみこさん「私は育児で25年間のブランクがありました。『空』で働き始めてから、福祉の資格を取りました。重度の障がいの方や認知症の方が思っていたより多いことに最初は驚きましたが、そういう方々やご家族の方の気持ちに寄りそってみなさんを笑顔にしたいです」
奈良もとこさん「子育てから手が離れ、メイクボランティアやエステの仕事をしていました。けれど『生涯、人を美しくする仕事をしたい!』と思ったとき、仕事を広げるには美容師の資格が必要と考え、50歳過ぎてから勉強して資格を取りました。『空』には週3日勤務し、他の日はエステティシャンとして働いています」
真下ややさん「祖父母のカットをしていて福祉美容に興味をもちましたが、勤務していたサロンの訪問美容は自分が考えていたものと違っていたので『空』に来ました。将来、結婚して子どもができたとき、フルタイム勤務は難しくなると思うので、若いうちに訪問美容を学んでおくのも必要だと思っています」
小林しんのすけさん「自分はほぼサロンにいて、訪問スタッフが足りないときにヘルプに入っています。サロンにも車いすの方がいらっしゃいますが、特別扱いするのではなく、分け隔てなく見守るように接するよう心がけています」
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Q
今後は訪問美容をどう発展させていきたいですか?
-
A
訪問に限らず「真のバリアフリー」を目指し、地域に愛されるサロンになりたいです。
サロンワークと訪問美容で空き時間を減らすことが課題。
訪問美容に限らないことですが、サロンも訪問も空き時間をどう埋めていくかが課題だと思っています。それぞれのスタッフの出勤曜日に合わせて訪問美容の予約をまとめられるようになってきていますが、予約の精度をさらに上げることが理想的です。
価格は市の出張美容の設定を基準にしているので、そこから上げていくのはなかなか難しいですが、パートスタッフは時給制なので、彼女たちの出社日に予約を入れればいい。フルタイムのように予約がなくてもサロンにいるという状況は最小限で済みます。サロンをベースとし、パートスタッフで回しているのでバランスが取れているのです。
サロンと訪問美容の間に、「サロンのバリアフリー」があるべき。
ここ数年、訪問美容が注目されていますが、「それだけを考えるのは、ちょっと違うのでは?」という想いもあります。というのは、高齢者の方や障がい者の方にも段階があり、車いすなどを使ったり、介助する方がいればサロンに来られる方も多数いらっしゃるからです。こちらから訪問することは利用者の方にとっても便利なことではありますが、外に出られるうちは出る努力をされたほうが、高齢者の方の心身ともによい場合もあります。個人宅のお客さまの中で、お会いしてみたら十分に外出できそうな方がいらっしゃいました。「うちのサロンは車いすでも大丈夫なので、今度はサロンに来てみませんか?」とご提案し、実際にお越しいただいたこともあります。それが高齢者の方々のQOL(生活の質)の向上にも結びつくと思います。
だから、「サロンワーク」から一足飛びで「訪問美容」に行くのではなく、その中間に「サロンのバリアフリー」があるべきだと考えています。バリアフリーと言っても設備のことだけではなく、受け入れる側の「心のバリアフリー」が大事だと思います。段差のあるサロンでも介助があれば問題なく動けることもあります。「どんな状態のお客さまがいらしても、施術してさしあげよう」という気持ちがあるかどうかです。
地域の中でサロンが「人をつなげる場」になることが理想。
こうしたことが地域でもクチコミで広がって、「高齢者の方が行きやすいサロン」として認識いただいているようです。スタッフ全員が美容福祉講習を受けているので、地域の介護に関わる啓蒙活動や、介護予防教室の講師に呼ばれるなど、地域のお役に立てることに積極的に参加させていただいています。
これからますます日本が高齢化していくことは避けられない事実なので、地域とより密着し、福祉美容を超えて美容室が「人をつなげる場」となっていかれればと考えています。
杉本さんからひとこと
訪問美容を始めるには、やはり高齢者や障がい者の方についての最低限の知識を学ぶことが大前提だと思います。そのうえで、少しずつできる範囲で取り組んでいけばいいと思います。例えば、休みの日にボランティアで施設に行ってみるとか、今はネットで訪問美容をしている個人が簡単につながれるので、ベテランの人と行動をともにしてみるなどです。
最初の一歩を踏み出すのは勇気がいることだと思いますが、踏み出さなければ始まりません。始めてからはどう継続するかも考える必要がありますが、経営的にはサロンとWワークが安心な道かと思います。訪問美容を志す若手の方は、同じ考えで訪問美容を行っている経営者と出会えると一番よいかもしれません。
次号では、メディアでも多数取り上げられている訪問美容専門の美容師集団をご紹介する予定です。
Salon Data