サロンで始める
訪問美容~データ&実例編~
超高齢化社会を迎え、サロンの潜在市場として注目される “訪問美容”。
データや実践事例を交えて訪問美容の可能性について考えていきます。
vol.47
実例編平日は訪問美容、日祝はサロン。17年続いた理由は?
*以下の訪問美容のデータは、「きれいや未来」全体のデータです。
Hair salon FooQ Bell
- 全スタッフ2名
- 1店舗
- オーナー:
- 中村健一さん
- 訪問美容開始:
- 2007年
- 訪問施設数:
- 約30〜40件(1回の訪問で15〜70名)
- 施設訪問頻度:
- 週に6回〜月に1回
- 訪問個人顧客数:
- 約20名
- 個人顧客訪問頻度:
- 月に1回
- 訪問スタッフ:
- 6名
- 価格:
- カット2,000円〜、パーマ4,000円〜、カラー4,000円〜
-
Q
訪問美容に興味をもったきっかけは?
-
A
祖母が存命中にカットができなかった後悔でした。
すでに訪問美容の活動をしている人に弟子入りしました。
17年前、25歳でまだサロン勤務していた頃、祖母が動けなくなって入院しました。祖母はおしゃれで髪をきれいにすることが好きな人でした。でも当時は仕事が多忙を極めていたため、入院中の祖母の髪をカットしてあげることができなかったのです。祖母がいた病院には訪問美容の業者は入っておらず、髪を伸ばしたままで祖母は亡くなりました。亡くなった後に、カットしてあげたのですが、そのときの後悔が心に残っていました。
そのすぐ後、偶然美容雑誌で訪問美容の存在を知ったのです。近隣で訪問美容をやっている人やサロンを探したときに、姫路市内で活動をしていた田邊稔雄さんを見つけました。当時、すでに全国的な訪問美容師の協会で理事を務めていらっしゃったこともあり、「この人に教えてもらいたい」と思ったのです。最低限の福祉の知識は身につけてから行こうと考え、ヘルパー2級(現・介護職員初任者研修)の資格を取り、勤務していたサロンは退職して、田邊さんに「ここで働かせてほしい」と頼み込みました。それが現在の「きれいや未来」で(組織名は数度変更)、田邊さんは今も私の師匠です。
-
Q
17年間で訪問美容の活動はどう変わりましたか?
-
A
最初は週3回くらいだったのが、今では平日はフル稼働になっています。
始めた当初は訪問美容だけでは食べていけませんでした。
私が「きれいや未来」の前身の組織に参加したときは、まだ訪問美容の認知度は低く、ボランティアと思われていた時代でした。仕事も週3日くらいで、営業と並行しながら施術をしていました。営業といっても、美容師は営業に慣れていないため、介護施設に飛び込みで伺って、パンフレットを置いてくるくらい。訪問美容だけでは生活できなかったので、最初の3〜4年は美容師以外のアルバイトもしていましたね。それでも「訪問美容専任の美容師になる」という強い思いがあったので、続けられたのかもしれません。
営業では、お試しでおひとり1,000円でやらせていただいたり、お誕生月の方には無料で施術をするなどして、少しずつ職員の方々の信頼を勝ち取っていった感じです。
自分のサロンをもってからも、私の軸足は訪問美容です。
「きれいや未来」は現在は6名の専任スタッフが、日々介護施設に通わせていただいています。契約施設が30件ほどあり、規模の大きな施設には平日はほぼ毎日お邪魔し、多いときは1日70名の施術をしています。居宅介護の方の訪問もしていますので、スタッフ6名でもフル稼働で、現在は営業はしていません。契約施設が多いため、施設ごとに担当を決めるのではなく、契約している年間スケジュールのなかで、担当を振り分けて活動しています。
私自身は2016年に妻とサロンをオープンさせました。それが「Hair salon FooQ Bell」です。サロンは妻がメインで、私は平日は「きれいや未来」の訪問美容活動、日曜・祝日のみ自分のサロンに立っています。サロンのお客さまでも、高齢や病気でサロンに来られなくなった方のお宅に伺うことも多々あります。その場合は「きれいや未来」の活動とは別に、個人で担当しています。
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Q
訪問美容を始めたとき、実際にやってみてどうでしたか?
-
A
サロンの施術とは全く異なることに戸惑いがありました。
頭でわかっていることと、実際にやることの違いが大きかったです。
ヘルパー2級の資格をもっていたので、要介護の方々の状況は頭ではわかっていたはずでした。でも、実際にカットをするとなると、サロンワークとは何もかも違うことに戸惑いがありました。
例えば、最初に田邊さんから「電源コードで人は死ぬ」と教えられました。サロンでは当たり前のようにさまざまな機器の電源コードが床をはっています。でも、介護施設でコードが床にあったら、利用者さまがそれにつまずいて転んでしまう危険性が多々あります。高齢者の方は転ぶだけで、生命の危機があるのです。また、声のかけ方も、高齢者の方に後ろから声をかけて、びっくりされたら転んでしまうかもしれません。杖を使っている方の誘導も、ヘルパーの資格を取るときに勉強はしていましたが、実際にやるとなると、どこに立っていいのか、自分の立ち位置がわからなくなってしまうのです。
こうしたことは、経験で学んでいくしかありません。私自身も何度もひやひやする体験をしながら、体で覚えていきました。
訪問美容の時間が生きがいになっている利用者さまも。
訪問美容をやってよかったのは、やはり、サロンワーク以上に喜んでいただけることですね。カットした後に、泣きながら拝むようにお礼を言われることもよくあります。
自宅や家族と離れて介護施設で暮らす方々は、楽しみが少ないのです。自由に外出もできませんから、たまに来る美容師にカットしてもらえることが、生きがいになっている方々がたくさんいらっしゃいます。特にコロナ禍以降、面会が制限されていたり、ご家族にもなかなか会えずに淋しい思いをされている利用者さまが多いですね。
我々訪問美容師は生活に必要不可欠な仕事のため、利用者さまと接することができるのです。楽しみにしていただいている分、その時間を有意義に過ごしていただけるよう努力しています。
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Q
長く訪問美容を続けてこられて感じていることは?
-
A
訪問美容の信頼を落としたくないと感じています。
介護施設や要介護者に対する最低限の知識はもっていてほしいです。
私たちは技術だけではなく、サービスも含め、訪問美容業界全体を底上げしたいと考えています。しかし残念なことに、介護施設や福祉に関する知識や経験をまったくもたずに、安易な気持ちで、訪問美容に参入しようとする美容師やサロンが増えてきているように感じます。そうした人たちが介護施設にはそぐわない行動をして、訪問美容全体の信頼を落としてしまっていることが多々あるのです。例えば、介護施設で普通に出てくる専門用語が理解できなかったり、利用者さまへの声のかけ方が失礼だったり、基本的な感染症対策ができていなかったりなどです。新型コロナウイルス感染症よりも危険な感染症がたくさんあるため、介護施設はもともと対策には敏感です。我々はコロナ禍よりずっと以前から介護施設に出入りさせていただいているので、感染症対策は当然やっていました。
訪問美容は求められている仕事で、我々も仲間を増やしたいと思っています。だからこそ、参入する際は、最低限の知識はもって臨んでもらいたいと思います。
中村さんからひとこと
訪問美容を学ぶには、経験することが最も早いと思います。私は予め介護の資格を取っていたとはいえ、いざ現場に立つと頭で想像していたようには動けませんでした。寝たきりの方や、ターミナルケアの方に会ったことがある方は多くないと思います。そうした方々と直に会ってみないと、どう施術すればよいかの想像もつかないのではないでしょうか。経験するには、実際にやっている人に同行させてもらうのがいちばんです。訪問美容に興味をもったら、身近で実践している人をまずは探してみてはどうでしょう。
Salon Data
Hair salon FooQ Bell 【ヘアサロン フークベル】
- アクセス
- 姫路駅から神姫バス「大池台」行で「高岡神社前」下車、徒歩1分
- 創業年
- 2016年
- 店舗数
- 1店舗
- 設備
- セット面2席
- スタッフ数
- 2名