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訪問美容~データ&実例編~
超高齢化社会を迎え、サロンの潜在市場として注目される “訪問美容”。
データや実践事例を交えて訪問美容の可能性について考えていきます。

vol.63
実例編高齢者に向けた美整容™ケアで、介護施設5件と契約!

RingsCare
- 全スタッフ5名
- 代表取締役:
- 大平智祉緒さん
- 訪問美容開始:
- 2016年
- 訪問施設数:
- 5施設
- 施設訪問頻度:
- 週に1〜2回(1回の訪問で2〜16名)
- 訪問スタッフ:
- 5名
- 価格:
- 30 分7,000円〜(トータルケア)
-
Q
幼少期からの夢だった看護師から、メイクセラピストに転身したきっかけは?
-
A
病気そのものよりも人を見ることがしたかったからです。
看護師としてやりたいことと、医療現場の現実にギャップを感じた。
幼少期から看護師を目指していたのですが、学生時代に「ケア」という考え方に出会いました。父を早くに亡くし、グリーフケア(身近な人の死を経験した遺族の哀しみをサポートするケア)を受けたことがきっかけです。早逝した父に何もしてあげられなかった後悔の気持ちを話せる場を与えてもらい、包まれるような癒やしを得たのです。看護師になったら、父にしてあげられなかったことや、死が間近な人々に自分が体験したような癒やしを与えたいと考えるようになりました。そして、希望通りに高齢者の方の終末ケアの部署に配属されました。でも、実際の医療の現場は私が考えていたケアとは異なるものでした。看護学校では「病ではなく人を見るのが看護学」と教わってきたのですが、治療を中心とした病院での看護にだんだん自分のやりたいこととのギャップを感じるようになったのです。悶々とした気持ちで過ごしていたときに、実習で病院に来ていた看護学生たちが「メイクセラピー」の話をしていたのです。それまで医療の現場で化粧はむしろ避けるべきと考えられていたこと。それが患者さんのケアに役立つことと知って興味をもちました。
育児期間中にメイクセラピーや化粧療法を学ぶ。
メイクセラピーを知らないときからエンゼルメイク(患者さんの死後に行う化粧)は担当していました。ある日ご遺族さまから「母の産毛を剃ってあげてほしい」と頼まれたのです。そのときにハッとしました。私たちが接するのはすっぴん状態の患者さんたち。その方々がお元気だったときに、どんなメイクを好んで、どんな生活をされていた方なのかをちゃんと考えたことがなかったと気づいたのです。ご遺族からの要望で、初めて生前の患者さんがどのような方だったかを知り「そこに最初から思いを馳せていたらもっとできることがあったはず」と後悔しました。そのときに、メイクセラピーと看護が私のなかで結びついたのです。
その後、結婚退職して一時期は家庭に軸足を置くことになりました。子育てが落ち着いたら緩和ケアやホスピスの看護の現場で復帰するつもりで、そのときにメイクセラピーを取り入れたいと考えたのです。3人の子どもを出産し子育てしながら、メイクセラピストや化粧療法の講座で学び、準備をしていました。
ボランティアからメイクセラピーをスタートし、医療とケアの連携の必要性を確信。
まだ仕事復帰する前の子育て期間中に、仕事と育児の両立など女性支援のための集いに参加しました。そこで、「看護とメイクセラピーをつなげたい」と話したら、参加していた地元の経営者の方が「すごく良いことだから、我が社でセミナーをやってほしい」と声をかけてくれました。それをきっかけに仕事としてセミナーや講演の依頼が次々と来るようになり、起業することに。介護関連の方々などとのつながりができてありがたいと思いながらも、「私がやりたいのは講演ではなくケアの実践」と立ち戻りました。そこで実践を積むために、患者さんの外見のケアにいち早く取り組んでいた国立大学の病院でボランティアとしてメイクセラピーをすることにしました。すると、イベント当日の美容ボランティアのブースには連日予約がびっちり入り、いかに求められていることなのかに気づきました。そして、患者さんのお肌に触れて会話しながらメイクセラピーをすると、今までの人生の話など、看護師として医療の現場にいたときには聞けなかった患者さんたちの心のお話があふれ出てきました。キレイになった自分を見て「生きててよかった」とおっしゃる方もいて、「医療は単に治療して終わりでなく、その先の幸せのためにあるもの。医療とケアが補完し合うことが大事なんだ」と、考えていたことが確信に変わりました。
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「終末期の患者さんに最期まで寄りそうケアとは何かを、ずっと考えていました」と語る大平さん
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Q
事業としてのメイクセラピーはどのように始まりましたか?
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A
紹介からスタートし、訪問看護師と兼業で進めました。
訪問看護にメイクセラピーを取り入れることでご家族との絆が生まれる。
ボランティアのままではビジネスにならないため、有償でやっていこうと決意し、紹介してもらった有料老人ホームで料金をいただいてメイクセラピーを始めました。一人ひとりの利用者さまときちんと向き合うために、その施設では個室を回らせてもらって施術をしていきました。キレイにしてさしあげることで、ご本人にも施設の方にも喜んでいただけたのですが、「メイクの先生が来たよ」と言われると「私がしているのはメイクセラピーであって、単なるメイクではない」と違和感を覚えるようになったのです。そこで、今の事業と並行して、訪問看護ステーションで訪問看護師としての活動を始めました。ご自宅で「その人らしさ」を大事にしながら最期まで看取る訪問看護の仕事は、まさに『看護』独自の力が発揮される場でした。そのときに、メイクセラピーも取り入れてお顔に触れさせていただいたのです。最初はご家族は驚かれていましたが、ご本人が気持ちよさそうにしていたり、肌が整いキレイになっていく親御さんを見ることで喜んでいただけるようになりました。顔という部位は、ご本人だけのものではなく、ご家族にとっても大切な社会的な部位。それを大事に扱うことで癒やしや信頼関係が生まれていきました。
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現在通っている老人ホームの利用者さまも、大平さんの施術を楽しみにして、マッサージを受けると「あったかーい」と嬉しそう
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セルフケアを大切にしている大平さん。ご自身でできることは自分でやってもらうと、元気だったときのことを思い出す効果も
大学院で研究したことで、Rings CareⓇ(リングスケア)というサービスにたどり着いた。
訪問看護とメイクセラピーを並行していくなかで、他に同様のことをしている人がほとんどいないことから、ケアとしての美容を語れるのは自分しかいないという想いが強くなっていきました。ケアとして美容を取り入れる意義をきちんと言語化できるようになって、メイクセラピーによる美容の効果をエビデンスを基に科学的に語れるようになりたいと考え、大学院で研究することにしました。当時は日本に十数人しかいなかった医療と美容を掛け合わせて活動している看護師の実践の調査をすることで、現在のRings CareⓇ(リングスケア)の考え方にたどり着いたのです。それは、まず第1に、ケアリングという、ケアする側と患者さまや利用者さま、そのご家族などがチームとなって関係性を大切にしていくこと。関係性の構築のためには単発ではなく継続したケアが必要であることです。2つ目は、コンフォート(安全・安楽)な環境や空間づくりです。美容もその環境の一つになります。そして3つ目がセルフケア。できる限りご自身の力でケアをすることで、体の機能を維持できて自尊心にもつながります。これらはもともと看護学にある理論ですが、そのなかでケアとしての美容の効果を施設の方々にご理解いただくために、私が再構築した考え方です。
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Rings CareⓇ(リングスケア)の考え方を伝えるために、わかりやすいパンフレットも作成
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Q
Rings CareⓇ(リングスケア)をどのように展開しているのですか?
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A
介護施設の利用者さまに週1〜2回の頻度でケアをしています。
亡くなった利用者さまの言葉に背中を押されて法人化を決意。
Rings CareⓇ(リングスケア)のサービスを構築したものの、最初はひとりで続けていました。この事業について、医療関係ではない一般の企業の方々に話を聞いてもらったときに、「早く法人化した方がいい」「すぐにお弟子さんを育てて!」と勧められました。でも、私のこだわりが強すぎて、他の人と共に進めることは難しいのではと思っていたのです。そんなある日、死期が近い利用者さまのケアをしていたときに「大平さんの優しさをたくさんの人に届けてあげてね」と言われたのです。その方が亡くなった後にその言葉を思い出し、法人化して事業をひろげる覚悟ができました。
仲間と共に訪問する施設を増やし、営業専門職も加入。
最初の介護施設3件はご紹介で契約をいただきました。2023年に法人化して、会社名も「株式会社RingsCare」として再スタート。私の考えに賛同してくれた仲間が集まり、現在は5名で5施設を回っています。法人化してからは営業も始めて、飛び込みや電話での営業なども行ってきました。ただやみくもな営業は効率が悪いため、現在は経営や営業を専門に行ってくれる管理部門のメンバーも加わり、戦略的に営業を始めたところです。スタートアップ企業なので、メンバーは全員業務委託で、みんな他の仕事と兼業しながら手伝ってくれています。
関係性構築のために、ケアの目標と計画を立てて頻度高く訪問。
一つの施設には週1〜2回通っています。利用者さまに対するメニューは「隔週コース」「毎週コース」「週2回コース」があります。一般的なヘアやエステなどの訪問美容と比較すると頻度が高く感じられるかもしれませんが、それが我々のRings CareⓇ(リングスケア)の特徴です。行っている施術は、スキンケアやマッサージ、メイクなど、一見一般的なメイクセラピーと同様ですが、利用者さまの生きる力を引き出すために関係性を重視しているので、訪問看護や訪問介護のように、目標を立ててそれに合わせたケア計画を作成します。一定期間ケアを続けたら、計画通りに進んでいるか振り返りをして、軌道修正しながら継続していきます。施術の日は最初に全身状態を観察しながらじっくりお話を聞いたり、目を合わせてコミュニケーションしたり、施術中の利用者さまの変化に合わせて内容を変えていったりしていきます。利用者さまたちに「自分は大切にされている」と感じていただくことを何より重要視していて、それが伝わると表情が明らかに変わっていくのです。その様子にご家族や職員の方々も、頻繁にケアを受けることの必要性を実感いただけているのだと思います。
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目と目を合わせて会話するところからケアがスタート
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お顔のケア以外にもハンドマッサージも癒やしには効果的
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最初はメイクをしないと言っていた利用者さまも、やってみるとこの笑顔
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ワゴンは施設に置かせてもらい、持参する道具はコンパクト。スキンケアは利用者さまの肌質に合わせて、ご本人向けのものをご家族に用意いただくことが多い
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Q
今後はどのような展開を考えていますか?
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A
終末ケアだけでなく、予防介護にも美容を取り入れていきたいです。
5年後には1万人の高齢者を笑顔に!
今までは終末ケアの利用者さまを中心に行ってきて、それが私のやりたいことでもありました。しかし、終末ケアの対象者の方々は常に入れ替わるため、それだけではビジネスとしては難しい点もあります。今後は予防介護の観点から、要介護になる前の方々のデイサービスや地域の高齢者サロンなども対象に展開し、Rings CareⓇ(リングスケア)が高齢者ケアの当たり前の選択肢の一つになることを目指しています。命によりそう方法論の一つが美容というのがRings CareⓇ(リングスケア)の考えです。会話だけではお元気にならなかった方が、施術をして鏡を見せるとパッと目の輝きや表情が明るくなる姿を多々見てきて、外見(アピアランス)のもつ力の大きさを痛感しています。それを美整容™と名づけて、広く認知してもらえるようにしたいです。これまで800名近くの高齢者に笑顔を届けてきました、5年後にはサロンやレクリエーションなども含め、1万名の笑顔を生み出すことを目標にしています!
大平さんからひとこと
美容師、看護師、介護士、エステティシャン、ネイリストなど本業は別々でも介護美容をめざす人は増えています。それぞれに考え方も手法も異なると思いますが、「看護師の資格がなくても大平さんたちのように、利用者さまやご家族と密接に連携した取り組みをしたいけどどうしたらいい?」と聞かれることがあります。私は方法よりも大事なのはマインドだと思っています。なのでそうした方々におすすめしているのが、フロレンス・ナイチンゲールの『看護覚え書き』です。看護学生になると読むのですが、「ご本人がもつ回復力や生命力を発揮させるように生活のあらゆることを整えていく」という150年以上も前にナイチンゲールが築いた看護の基礎は、まさに介護美容の原点だと私は思います。
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