2011.07.26
スープ、ネクタイ、リサイクル。まったくジャンルの異なる3つの事業を展開する、スマイルズの遠山正道氏。マーケットリサーチが先行するビジネスではなく、「良いものを作って世の中に提案する」というシンプルな考えのもと、訪れた人の心を打つ店作りを体現しています。三菱商事在籍時代から現在に至る遠山氏の遍歴から、実現したいコンセプトを形にしていくヒントがきっと見つかるはずです。
PROFILE
遠山 正道(とおやま まさみち)
1962年東京都生まれ。1985年三菱商事に入社。1999年日本ケンタッキー・フライド・チキンに出向中、食べるスープの専門店「Soup Stock Tokyo(スープ ストック トーキョー)」第1号店をオープン。2000年コーポレートベンチャー制度によりスマイルズを設立、社長に就任。2008年MBOで同社の株式100%を取得。「Soup Stock Tokyo」のほか、ネクタイ専門ブランド「giraffe(ジラフ)」、セレクトリサイクルショップ「PASS THE BATON(パス ザ バトン)」の企画・運営を行う。また、絵の個展を開催するなどアーティストとしても活躍中。
|第1章|人生の転機は、未来への危機感から描き上げた70枚の絵
私は現在、スープの店やネクタイの店、リサイクルショップを経営しており、今につながる人生の大きな転機を迎えたのが、30代前半の頃でした。美容のことはあまり詳しくありませんが、これまで私がやってきたことを時系列でお話ししますので、ご自身の経験とうまく重ねて受けとめていただければと思います。
私が大学を卒業後、三菱商事に入社したのが1985年でした。当時は景気が良くて、軽い気持ちで受けたところ、何となく入社できてしまったんですね。入社後、社内でも際立って有能だった部長の下で働いていたのですが、10年ほど経った時、ふと「もし部長がいなくなったら、この部署はどうなるのだろう」と考えたのです。すると自分の現状と、その先にある未来がはっきり見えてきた。「このままでは満足できない、何かやらなくては」という、強烈な危機感を覚えました。
そこで思い立ったのが、絵の展覧会だったのです。それまではポスターにイラストを描く程度で、本格的な絵は1枚も描いたことがありませんでした。個展を開くことに合理的な理由はまったくなかったけれど、すぐにギャラリーに1年後の予約を入れました。まず最初に開催日を決めて自分を追い込んで、サラリーマンをしながら70点の作品を描いたのです。1年は52週なので、週に1枚以上の絵を仕上げる計算ですね。朝4時に起きて会社へ行く前に描いたりと、苦労もありましたが、絵が1枚完成すると、もううれしくて仕方がない(笑)。そんなふうに楽しみながら描き続けて、あっという間にオープニング当日を迎えました。
その日は平日だったので、会社員だった私は、「最高のものができたから、ぜひ見に来てくれ」と、オフィスから友人知人たちに電話をかけまくりました。そのおかげで、たくさんの人が集まってくれて、作品はうれしいことに完売しました。
初めての個展が成功して高揚した私は、準備を手伝ってくれた仲間に「これで夢がかなった」と話したんです。ところが返ってきたのは、「単なる夢の実現で終わらせるな。ここからがスタートだ」という言葉でした。行動を起こして夢が実現した後、その舞台で自分は何をしたいのか、そして人に何を伝えたいのか。プロのファッションスタイリストとして活躍していた彼のひと言が、素人だった私に、今まで想像さえしなかった命題を突きつけたのです。
そしてもう一つ、個展を開いたことで気づいたのが、「個人性と企業性」というキーワードです。企業の一員として担う仕事は、成功すればもちろんうれしいけれど、どこまでが自分の成果なのか分かりづらい。一方で、個展では自分の分身とも言える作品が中心にあり、それに対する評価がダイレクトに返ってくるので、喜びも大きい。企業の持つ巨大なネットワークと信用力、そして個人が持つ情熱やこだわりを合わせたちょうど中間に、新しい可能性があるのではないか。この気づきが、「Soup Stock Tokyo(スープ ストック トーキョー)」が生まれる契機になりました。