2013.09.24
「エシカル・ジュエリー(環境や社会に配慮した宝飾品)」。2009年、日本ではまだなじみの薄い言葉を旗印にアクセサリーブランド「HASUNA」を立ち上げた。「世界から貧困をなくしたい」思いを胸にひた走り、現在、伊勢丹新宿店内などに3店舗を構える。業界で前例のないチャレンジにいかにして取り組んだのかを、お話いただきました。
PROFILE
白木 夏子(しらき なつこ)
1981年鹿児島県生まれ、愛知県育ち。2002年から英国ロンドン大学キングスカレッジにて、発展途上国の開発について学ぶ。卒業後は国連人口基金ベトナム・ハノイ事務所とアジア開発銀行研究所にてインターンシップを経験。投資ファンド事業会社を経て、2009年4月HASUNA Co.,Ltd.を設立、代表取締役に。エシカル=環境や社会に配慮したジュエリーブランドを中心とした事業を展開。2011年3月に南青山店をオープン、2012年7月に名古屋栄、2013 年3月伊勢丹新宿店内に進出。日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2011キャリアクリエイト部門受賞。同年、世界経済フォーラム(ダボス会議)が選ぶ日本の若手リーダー30人、『AERA』の「日本を立て直す100人」に選出。
|第3章|パキスタンの女性を支えるジュエリー
たとえば、パキスタンってどういうイメージがありますか? 自爆テロとかカレーとかそういうイメージかもしれませんね。これは2年前に現地に行ったときの写真で、イスラマバードから車で16時間北上したところにあるフンザ渓谷です。標高8000m級の山があり、クライマーもよくいる。実際に危険な場所でもありますが、杏の花が咲き乱れて、桃源郷とも言われるとても美しい場所です。ここに鉱山があって、少数民族の人たちが、代々ルビーやサファイヤ、アクアマリンなどの鉱石を採取して販売し、村や一族の生計を立てながら、長い間ひっそりと生きてきました。
今ここで問題になってるのが、密輸の横行です。パキスタン国内の鉱石の90%が密輸されてしまう。この地域はアフガニスタンや中国との国境地帯で、警察や政府の目が行き届かない。密輸業者は入りたい放題。「いかにも密輸業者」という感じではなく、ヤギを100頭ぐらい引き連れて巡回していたり、じゃがいもの輸出業者を装って、中国に輸出してる何百台というトラックの一台を装って、検問を通り抜けてしまったり。彼らは山奥まで入って行って、少数民族にコンタクトをとり、安く買い叩いていく。
ここの人たちは、村の収入が減ったことで経済が回らなくなり、すべてが崩れて貧困状態に陥っている。社会福祉制度が整っていないので、子どもが病院に行けなくなったり、困っている方たちがたくさんいる。さて、それをどうしよう?
ここでは、一つの鉱山でたくさんの種類の石が採れます。ブラックトルマリン、ルビー、エメラルド、水晶など。私はそこで買い付けをして貧困を救おう、と行きました。ちょうどここに人々を守るためのNGOがあり、彼らと一緒に、ちゃんとした額で買い取って女性たちに研磨のトレーニングをして、日本への輸出を始めました。工場自体は前からあったけど、輸出ができていなかったんです。ここも、友人が近くに住んでいたご縁で、行くことができました。
こうしてできた水晶を使ったコレクションが今年の6月に発売になりました。2年前にパキスタンに行って、商品開発して販売するまで約2年。これってジュエリーの商品開発サイクルだとものすごく遅いんです。なぜそんなにかかってしまったのか?
まず2年前に現地に行き、そのNGOと出会い、取り組みに感動しました。イスラムの女性って、すごく差別されていて、仕事したくてもできない。そんな中で宝石の研磨を教え、彼女たちが研磨して販売することでお金が稼げる。未亡人になってしまったり、男性にDV(ドメスティックバイオレンス)やアルコール依存症があったりしても、女性が自立していれば、一家を支えていける。そこでの女性たちの働きを見て、ほんとに素晴らしいなと思ったんです。
ところが、何万円分も宝石を買って帰国して、「さあ、商品開発しよう!」と開けたときに愕然としました。日本の明るい蛍光灯の下で見ると、傷だらけ! 宝石用の顕微鏡で一つ一つ見ていっても、表面に傷、中は内包物でいっぱい。デザインしてみたものの、石の品質が良くないとやっぱり魅力がない。私がどれだけ感動しようが、できた商品がしょぼかったら誰も買ってくれない。
でもそのときどうしても発売したかった私は、ロイヤルカスタマーの方を集めてコレクションのお披露目会をやったんです。結果、受注できたジュエリーは0件。それがお客様のダイレクトな反応でした。発売は延期することに決めて、何度も何度も現地とやりとりをして・・・。でも、現地に行くことは頻繁にはできないんです。行きで3日間、帰りで3日間、往復で1週間かかってしまう。なんとか現地でスカイプがつながったので、1週間に1回打ち合わせ。日本のお客様がいかにクオリティが高いものを求めているのか、なぜそれを求めるのか、説明していきました。
今年(2013年)の3月に伊勢丹新宿店にショップを出したんですが、伊勢丹にどうしても商品を置きたいと思っていたんです。研磨している人たちに、「あなたたちが削った宝石を、私は世界一の百貨店に置きたい!」と言っていた。伊勢丹のジュエリー売り場を紹介した『アクセリウム』という冊子があるんですが、それを現地に持っていって、「これに載せるから!」って見せていたんです。ずっと交渉していたけど、確証はなかった。でも言ってしまったものは後戻りできない。やるしかない。
トップのデパートに置けるということは、トップのカットができるということ。もっともっと、がんばらなくちゃいけない。半年トレーニングを受けているけど、カットの技術は、本来は日本ですら数年かかるもの。現地の、教育を受けたこともない、仕事したこともない女性がすぐできるものではなかった。そこから何度も何度も研磨を繰り返して送ってもらって、「綺麗な石が来た!」「研磨ができるようになった!」と思っても、実際に見てみると今度は穴を開けたところがひび割れていたり、穴が小さすぎて、芯が入らなかったり。ずるずる発売がのびて2年かかってしまった。
ものすごい苦労、それも、一般のジュエリー会社だったらしなくてもいい苦労をしてできた商品というのが、このジュエリーのコレクション。これが、パキスタンでの苦労話です。すべての国でこうした「ああでもない、こうでもない」を繰り返して、ものづくりを行っています。