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訪問美容~データ&実例編~

超高齢化社会を迎え、サロンの潜在市場として注目される “訪問美容”。
データや実践事例を交えて訪問美容の可能性について考えていきます。

vol.17

実例編サロン勤務中にひとりでスタート。
自分の店も構えるまでに至った道のりは?

こぢんまりとしたかわいい一軒家のサロン「結 Hair Nail」をひとりで切り盛りする橋本結希さん。美容師人生をスタートしたときから「人助けになる仕事がしたい」と思い、サロン勤務時代にたったひとりで訪問美容を始めたそう。5年前に訪問美容で独立し、3年前にサロンも開始。がんばりの背景には二人のお祖母さまの存在があったといいます。訪問美容を中心に、サロンワーク、ボランティア活動、地域との交流など、多忙を極めながらも笑顔で働く橋本さんの今までや、仕事観などについてうかがいました。

訪問美容室 結 Hair Nail

  • 全スタッフ1名
  • 1店舗
代表:
橋本結希さん
訪問美容開始:
2012年
訪問施設数:
23施設(1回の訪問で5〜8名)
施設訪問頻度:
1カ月〜2カ月に1回
訪問個人顧客数:
約200名
個人顧客訪問頻度:
1カ月〜半年に1回
訪問スタッフ:
1名
価格:
【個人宅】カット3,500円〜、パーマ4,500円〜、カラー3,800円〜

Q

訪問美容を始めようと考えたきっかけは?

A

サロン勤務時代から人助けができることがしたいと考えていました。

人の役に立ちたかったんだね

最初の訪問は、介護施設勤務のお客さまからのお声掛けから始まりました。

サロンでアシスタントとして働いていた頃から、美容そのものよりも、カットしたことによってお客さまが「ラクになった」とか「軽くなってうれしい」とおっしゃる言葉に響いていました。「もしかしたら自分は、美容師よりも人助けをする仕事の方が向いているのではないか」と感じ始めていたのです。ちょうどその頃、父方の祖母がリウマチで動けなくなり、家でカットしてあげたらすごく喜んでくれて、「私がやりたいのはこれかもしれない」と。その頃は訪問美容という言葉がまだ一般的ではなかったので、なんとなく思っていた程度でした。でもその祖母は、私が本格的に訪問美容を始める前に亡くなってしまいました。
スタイリストデビューした後、お客さまの中に介護施設の施設長をされている方がいました。「施設では誰がカットしているのですか?」など、施術中に会話したりしていたのですが、ある日「うちの施設にカットしに来てほしい」と言われたのです。やったこともないし、どうしたらいいのかわからず、そのとき初めてネットで調べてみました。でも当時はまだ「出張美容」などで検索しても数件しか出てこず、あまり情報が得られませんでした。施設長の方から「とりあえず来てやってみて」と言われて、施設に訪問したのが始まりでした。

サロンを退職して、他の仕事をしながら訪問美容を広げていきました。

初めての施設に行ってカットしてみたらなんとかできたので、その後も依頼があればうかがっていました。すると今度はカラーやパーマのご希望が出てきて、シャンプー台が必要になりました。ネットで調べてみたら、訪問美容をやりつつシャンプー台などを販売している美容室が見つかり、直接見に行きました。その際に、そこの美容師の方から「訪問美容をやりたいなら、介護の資格を取った方がいいよ」と言われ、介護福祉士の教科書を見せられたのです。当時、ヘルパー2級の勉強はしていたのですが、介護福祉士については知識がなかったので、話半分で聞いていました。
訪問美容を主軸にやっていきたい気持ちがかたまりつつも、身近に前例がなかったので、「訪問美容だけで生活していけるのかな」という不安もありました。ただ、サロンに勤務していると訪問美容にかける時間を増やせないため、サロンを退職することにしたのです。時間の拘束が短い美容以外の仕事をしながら、施設から依頼があると訪問美容に行くという生活を10カ月くらいつづけていました。その間に、施設からの紹介などで依頼が徐々に増え始めました。

  • おっとりとした表情からはうかがい知れない意志の強さを感じる橋本さん

Q

営業はどのように行ったのですか?

A

施設で働きながら、チラシを作ってケアマネジャーさんの事務所などに150件くらい行きました。

施設で働いたんだ!?

介護施設でのバイトをしながら、営業活動をしていました。

元々のお客さまだった介護施設の施設長さんが独立されて、ご自身で介護施設をオープンさせたときに、「橋本さん、ヘルパー2級をもってるならうちでバイトしない?」と声をかけてくれました。「介護施設で働けば訪問美容のために介護技術の勉強にもなる」と思い快諾しました。その施設で働きながら、自分の訪問美容の営業も並行して進めました。夜勤明けにケアマネジャーさんがいる居宅介護支援事業所を、多いときには20件ずつくらいまわっていましたね。
亡くなった父方の祖母の施術をした体験から、一人ひとりのお客さまになるべく時間を割いて向き合えるよう、施設よりも個人の居宅訪問に力を入れたかったので、ケアマネジャーさんから個人の方をご紹介いただきました。ケアマネジャー事務所を中心に、グループホームなど合計で150件くらいの営業に行ったと思います。当時はまだ訪問美容をしている美容師が少なかったためか、割とすぐご連絡をいただいて、今までに約200名の個人のお客さまのもとへうかがっています。

  • 母方のお祖母さまは訪問美容を始めた頃はお元気だったので、よく施術してさしあげていた

  • キレイになってうれしそうな祖母さま。美容師を目指したきっかけも、昔お祖母さまが「美容師になりたかった」と言っていたことだったそう

自分のサロンを建て、介護福祉士の資格も取りました。

実は以前勤務していたサロン時代のお客さまからも、「また橋本さんにカットしてほしい」とご連絡をいただいていました。一般のお客さまはサロンでないと施術できないため、いずれは自分のサロンも持たなければと考えていたのです。それで、施設でバイトしながら、3年前に自分のサロンを建てました。母方の祖母にも「いつか私のサロンを見せてあげるよ」と約束していたのですが、祖母が余命宣告を受けて「早く見せてあげなきゃ」と。サロンが完成して4日後に祖母が息を引き取りました。見せてあげられて本当によかったです。サロンを作ったことで、ケアマネジャーさんの信頼度も上がってお客さまの増加にもつながりました。
サロンにお客さまが来ていただけるようになったので施設のバイトは辞めてもよかったのですが、施設長から「ここまでがんばったんだから介護福祉士の資格も取っちゃえば?」とアドバイスされました。資格取得のためには一定期間の実務経験が必要だったため、今年の春まで勤務を続け、お陰様で介護福祉士に合格しました。

  • 橋本さんのこだわりが散りばめられた「結」の店内。レトロな雰囲気もあり、居心地のよい空間

  • インテリアはほとんど手作り。看板にもなっている似顔絵のバッジや、お祖母さまが作った小物を飾った「アトリエTatsuko」という一角も

Q

訪問美容をやっていてよかったことと、大変だと思うことは?

A

お客さまに喜んでいただけることがうれしくて、大変なこともやりがいにつながっています。

天職なんだね!

キレイにするだけでなく、心も豊かにしてさしあげられる仕事。

訪問美容は天職だと思えるほど、毎日めちゃくちゃ楽しいです。私のお客さまたちは要介護状態になったことで、「なかなか美容室に行けない」「髪の毛がボサボサで外に出られない」「鏡を見たくない」という方がほとんどです。訪問して施術することで、そのストレスを解消してさしあげられて、「来てくださって助かる。良いお仕事ね」と言葉をかけていただき、お客さまの安堵の表情と笑顔を見られたとき、「この方の人生を豊かにすることができた」と感じられるのです。髪型はもちろんのこと、心を救うことができたのではないかと。久しぶりにキレイになったお客さまの姿を見て、ご家族の方が泣いて喜んでくださることもあります。
一方で、シャンプー台などの道具を持って訪問したり、寝たきりなどの重度の方の施術は体力勝負です。ただ、私がヘルパーや介護福祉士の資格を持っていることで、ケアマネジャーさんから要介護度の高い方をご紹介いただけるので、自分の付加価値につながっていると思います。だから大変なことも喜びや自信につながっているんです。

  • ヘアだけでなくネイルやメイクも手掛けている。ネイルをすると高齢者の方々は本当に喜ぶそう

  • 毎月、誕生月の方にメイクをして撮影をする施設にも通っている。遺影用の写真撮影のニーズがある

Q

おひとりでとても忙しそうですが、今後の展望は?

A

介護技術を習得した訪問美容師さんを育成したいです。

次の覚悟を決めたんだね

人に教えることで、これからの自分に必要なことを勉強しています。

仕事以外でも地域とのつながりを深められるよう、地域のイベントの手伝いをしたり、ボランティアで児童養護施設でカットしているので多忙になりがちです。自分の休みや、営業に行く時間と施術に行く時間をもっと管理する必要があるので、ひとりでやるには限界があると考えています。ボランティアで知り合った美容師仲間に、ときどき仕事を手伝ってもらうのですが、そのときに訪問美容の施術を「教える」ということを勉強させてもらっています。人を雇う際には介護の知識と介助がしっかりできるスタッフを育てることが欠かせないと思うので、自分が経営者になるための勉強になっています。
また、最近は訪問美容に興味を持つ美容師も増えてきて、「教えてほしい」と声がかかったので、講座的なことをやりました。その際、介護施設の種類や介護の基本に関する資料を作ったのですが、みんなは「施術のことを教えてほしい」と。そのとき、自分がシャンプー台を買いに行って、介護の資格を薦められたときのことを思い出しました。当時の自分にはまだわかりませんでしたが、実際に訪問美容をしていく中で、介護の知識の必要性を身をもって感じていったことに気づきました。

お客さま一人ひとりにとっての「美」を追求したい。

私の信念はサロンと同様に丁寧に施術することです。しかし、施設での訪問美容では、体力的に長時間座っていることが困難な方もいらっしゃったり、複数の方の施術をしなければならなかったり、食事や入浴など施設のスケジュールにも合わせなければならないため、「自分が思うヘアスタイルに仕上げることが難しかった」と感じる美容師もいると思います。けれど、限られた時間でご本人や職員の方が満足されるヘアスタイルにすることが求められます。美容師が納得するヘアスタイルを求めるのは自己満足でしかなく、お客さまの体調と体力を考えながら喜んでいただけるヘアスタイルをつくることが大事だと思います。サロンよりも時間や設備での制限が多い施設や個人宅で、お客さまの満足を叶えることが訪問美容に必要だと考えています。「この方にとっての『美』とは何か?」を、一人ひとりの方と向き合って追求していきたいですね。

  • 訪問美容を広げていくために、スタッフを募集し、経営者としての道を歩き始めている

橋本さんからひとこと

「訪問美容に興味がある」という方の中でも、それぞれ温度差があるように感じます。「美容師だからすぐできる」と思ったらそれは違います。訪問美容は一歩間違うと命にも関わる仕事なので、それを覚悟のうえで事故が起こらないように、きちんと介護の知識も勉強する「本気」があるかどうかだと思います。私は自分がやりたくてひとりで始めましたが、いきなり独立するのはリスクがあるので、訪問美容もやっているサロンで働いてみるのも手だと思います。サロンに来るお客さまとは全く状態が異なるお客さまに戸惑うこともあるので、何よりまず現場を体験してみることをおすすめします。

Salon Data

訪問美容室 結 Hair Nail

アクセス
北総線西白井駅から車で5分
創業年
2014年
店舗数
1店舗
設備
1席
スタッフ数
1名
URL
https://yuu-hair-nail.jimdo.com/
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