イノベーターが
見ている未来
vol.30
その取り組みと背景、そして未来についての展望をうかがいます。
ALBUM プロデューサー
NOBUさん
「トレンドヘアーを、毎月通える価格で提供」をコンセプトに、2014年に創業した「ALBUM(アルバム)」。美容師インスタフォロワーランキングでも多くのスタッフが上位に入る「個」の力、その裏にある「組織」の力を高める秘訣を、NOBUさんにうかがいます。
https://www.album-hair.com/
第1章有名サロンを経て見つけた新天地「ALBUM」
「僕は、もともとはアナログ人間。
でも“美容師の力”を届けるには、SNSが必要だと。」
NOBUさんが美容師を目指したのはいつ頃からですか?
僕はずっと柔道をしていて、高校も柔道の強豪校に進みました。一方でファッションや美容にも興味があって。目立ちたがり屋でもあるので、ロングスカートみたいなのを履いて髪を七色にスプレーして…と奇抜な恰好をして、家から近かった大阪のアメリカ村によく遊びに行ってたんですよ。そこでファッション雑誌のスナップ写真を撮られることもよくあって、モデル料がもらえるし目立てるし、話題のネタにもできるし楽しかったですね。
高校卒業後の進路を決める時期になって、柔道を教えるとか整体師とかも考えたものの自分のやりたいこととは違うかな…と。やっぱりファッションや美容方面に進みたいと思って、美容専門学校へ進むことに。柔道の経験から大学推薦の声掛けもあったので、先生に気持ちを伝えたときは「ふざけるな」と言われましたね(笑)。スポーツが強い高校だったから、美容専門学校に進むのは僕が初だったんじゃないかな?反対されても「もう決めたんで」ってことで押し通しました。やるといったからにはやる!という気持ちですね。
決めたらやり抜く、そのへんのブレなさは体育会系育ちっぽいですね。
そうですね。「鍛えれば自分の身になるし、人もついてくる」という考え方がベースにあります。そのための努力は人並み以上にしています。僕この前振り返ってみたら、1週間まるまる休んだのは小学4年生が最後だったんですよ。それ以降はずっと、柔道やバイトで日々が過ぎて…。専門学校行ってからも負けたくないから練習に励んだおかげで、学生時代はコンテストで受賞もしました。忙しさがたたって肺炎で入院したときも、ベッドでワインディングの練習をして看護師さんに驚かれました(笑)。
動かずにはいられないタイプなんですね。美容専門学校は地元の大阪で、卒業後は?
やっぱり美容室といえば、と思って原宿エリアの有名店を狙って就職活動をしました。それで採用の連絡をもらった有名店に勤めたんですが、そこは1年もいなかったかな。なんだか働いていても楽しくなかったんですよ。生意気ですが、先輩たちの指導の仕方が、僕の可能性を殺すような感じがして…。「ここにいて意味あるのかな?」と疑問に感じたんです。
そこを辞めた後、大阪に帰って自分の店を出そうと思ったんです。専門学校時代の仲間に「学生時代、一緒に店をやろうって話してたよな」と声を掛けたんだけど、「いやいや早すぎるだろう」と断られてしまって。まあそうですよね、みんなまだアシスタントだったし(笑)。それでも物件探しまでしたんですが、「自己流の勉強法だから、技術力が未熟だよな…」と迷いも出てきました。
そうこうするうちに大阪の有名店から誘ってもらい、そこで働き始めて。売上1位、指名1位になるために、売り込みに出かけたり、読者モデルの子に来てくれるように口説いたり、その子の仕上がりをブログに上げたり…といろんな対策をしたんですよ。入店後は半年くらいで売上が店舗の中で1位になったし、雑誌のヘアメイク依頼もどんどん声がかかるようになりました。そしたらオーナーに呼び出されて、「お前のやり方は店のイメージを落としている」と。それを聞いてカチンときてね。「なんやねん、と。偉そうなこというだけで、あんたより必死で集客しているし、すぐ追い抜いたるわ」と思いまして。テーブルひっくり返して、店を辞めました(笑)。
その後は?
また声を掛けてくれた別の店に勤めまして、そこでも前の店より売上を出すようになりました。僕は読者モデルの知名度を利用したり、その時々の流行りモノにのっかってうまく実績を出していくスタイルだったんです。それで「これからは技術が求められる時代だろう」とオーナーと話して、一緒にドサ回りみたいな感じで小さなショーに売り込みをして出るようにしていって。その評判のおかげで「ガールズアワード」のメインヘアメイク担当にもなりました。
順調ではあったけどふと将来を考えたとき、「ブームが去ったときに自分はどうなるんだろう」という思いが浮かびました。このままではダメだろう、と当時のサロンを辞めて、自分の店を出すことをまた考え始めて。そんなときに、槙野さんから呼ばれて「ALBUM」で一緒にやろうという話をもらったんです。
「ALBUM」を立ち上げた槙野さんはIT分野の業界から美容業界に参入した変わり種ですね。そこでやってみようと思った決め手はなんでしょう。
もともと自分が店を出すとしたら、他業界のスペシャリストとやるとおもしろそうだなとは考えていました。槙野さんからはIT技術を駆使して美容室の運営もシステム化する必要性を説かれて、なるほどなと共感したんです。「ALBUM」は業務委託の美容師を中心に集めていて、その有効性も話してくれました。当時の僕は業務委託って働き方があること自体、知らなかったんですけどね。
実際に「ALBUM」で働いてみて、それまでとの違いは感じましたか。
美容師ってアナログ人間がまだ多くて、僕もそんなにIT分野に強くありませんでした。でも指導を受けつつ勉強してみたら、当時1万人くらいだったインスタ(=Instagram)のフォロワーが5万人に一気に増えたんですよ。投稿もこまめに、1日5回くらいはするようにして。すると見てくれる人がどんどん増えていきました。
以前の店にいたとき、僕は自分が有名人だと勘違いしていたんです。でもいざ、セミナーを開催しても20人くらいしか集まらない。ところがITを勉強して、インスタの有効活用もするようになったら、美容師だけではなく一般の人を含めて何百人もセミナーに申し込んでくれるようになって。美容師の力を業界内だけじゃなく、一般の人にも届けるにはSNSが必要なんだなと実感しましたね。
考えてみたらファッション誌を担当しても雑誌が出るのは月1回だし、僕の担当は何百ページもあるうちの数ページ。1日に何度も目にふれさせることができるSNSと比べたら、雑誌の特定のページが一般人の目に届く確率は低いものなんですよね。
社長である槙野さんとNOBUさんの関係性、役割は?
槙野さんと僕、あともう1人の社員で幹部会議をして、そこで店舗運営の大枠を決めています。僕は美容の視点からどうしたいかを話す役割。槙野さんは経営全般に強いので、僕は「教えていただいている」という気持ちが大きい。あと槙野さんは「この子は再来率がイマイチだけど店販はいいね」とかデータを分析して、スタッフを導くことができる。すごくパワフルだし勉強家で、僕が気にしないような点まで気に掛ける繊細さもある人なんですよ。おかげで僕も今までは気づけなかった、スタッフたちの個性に目を向けられるようになってきました。
“個”だけではなく、“組織”も強い。
ALBUMが急成長を遂げた理由。