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訪問美容~データ&実例編~
超高齢化社会を迎え、サロンの潜在市場として注目される “訪問美容”。
データや実践事例を交えて訪問美容の可能性について考えていきます。
vol.34
実例編産休での失客を機に訪問美容の道へ
kief
- 全スタッフ3名
- 1店舗
- 代表:
- 渕和美さん
- 訪問美容開始:
- 2020年
- 訪問施設数:
- 1施設(1回の訪問で9名)
- 施設訪問頻度:
- 1カ月に1回
- 訪問スタッフ:
- 1名
- 価格:
- カット2,500円〜、パーマ5,000円〜、カラー5,000円〜
-
Q
訪問美容を始めようと思ったきっかけは?
-
A
出産後にできた時間を有効利用したいと思ったことです。
産休・育休で顧客数が激減しました。
ものごころついたときから美容師を目指し、中学生のときには「高校を出たら東京に行っておしゃれな美容師になる!」と思っていました。その通りにがんばって、専門学校卒業後は目黒、恵比寿、代官山などファッションの最前線のサロンでバリバリと働いてきました。当時は結婚や出産をして仕事を続ける女性スタイリストはほとんどおらず、そういう先輩を見たことは一度もありませんでした。
主人が独立して開業した「kief」に私も合流し、その後結婚、2009年に長男を妊娠しました。出産後も仕事を続けるつもりで、主人やスタッフにお客さまを引き継いで産休に入りました。でも、産休・育休から復帰後に、お客さまが私に戻ってくることがほとんどなく、客数が全盛期の1/10くらいになったのです。悔しい想いを抱えつつ、「あいた時間があることは新しいことをするチャンス」と気持ちを切り替えました。
育児と仕事の両立をするために、訪問美容が向いていると思いました。
もともと自分は「子どもができたら子どもとの時間を一番に考えたい」と思っていたんです。欲ばりなので、育児も仕事も両方100%やりたかった。でも、そんなことはできるはずもなく、もやもやした気分で過ごしていた時期が何年か続きました。サロンのお客さまが減ってできた時間で何をするか、美容以外のオンライン通販などさまざまな可能性を考えていました。自分の人生を「家事・育児+サロンの美容師+○○」という3本立てで考えようと。そのひとつの選択肢としてサロンより時間の自由がきく訪問美容を考えたのです。
最初は法律などを調べるくらいで、具体的な行動に出るまでには時間がかかりました。
-
Q
訪問美容に向けて具体的に動き出せたきっかけは?
-
A
「訪問美容ゼミ」を知ったことです。
ネットで検索して「訪問美容セミナー」を発見。
もやもやした期間を過ごしながらも、サロンと2児の子育てを必死に両立させていくなかで、年齢を経て無理がききにくくなっていくことを感じ始めました。サロンワークとは別に柱となる仕事として、訪問美容に絞り込み始めたのが2〜3年前です。「訪問美容」のワードでネット検索していて見つけたのがホットペッパービューティーアカデミーの「訪問美容セミナー」でした。セミナーに参加して「訪問美容ゼミ」の二期生募集を知り応募してみたのです。
美容師の弱みであるビジネスマナーも学べました。
「訪問美容ゼミ」では訪問美容に関する法律や制度、施術についてだけでなく、介護業界の基本知識や、営業の仕方まで教えていただきました。大手の訪問理美容業者が参入している状況で切り込んでいくには、業界についての知識を知ったうえで戦略をたてなければならないので、とても勉強になりましたね。
また、美容師は自己プロデュースやコミュニケーション能力は高い一方で、一般企業の人たちが当たり前に知っているビジネスマナーを知らないことも多いですよね。名刺の渡し方やパソコンを使って書類を作るなど、ビジネスパーソンとしてのふるまいなども教えていただけたことがよかったです。
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Q
営業は大変だったそうですが、くじけずがんばれた理由は?
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A
「訪問美容をやりたい」という強い気持ちと、優先順位をつけたことです。
サロンの予約時間以外はすべて訪問美容の営業に。
営業はすべて飛び込みで施設を直接訪ねました。我々もサロンワーク中に営業の電話がかかってくるとわずらわしいですよね。なので、電話よりも直接訪ねて、目と目を合わせて話をして、自分という人間をみてもらいたかったのです。
サロンの予約が入っていない時間はすべて訪問美容の営業にあて、自転車で行ける範囲に絞って施設をまわりました。でも渋谷区などの都心エリアには介護施設の数が少なく、あっても大手の訪問理美容業者がすでに参入しているところばかり。話をちゃんと聞いてもらえることはほとんどありませんでした。一度断られても、芽がありそうなところや気になるところは何度も通っていました。
最初に契約をいただけた施設は、訪れたときにたまたま入居者の方が玄関のお掃除をしていました。認知症を患った方でしたが、私が「こんにちは!」と声をかけたら、「感じのいい人だ!」と喜んでくれておしゃべりをしていたのです。その様子を施設長さんがご覧になって、「実はいま入っている訪問美容事業者に不満がある」とお話ししてくださったのです。それが契約に結びつくきっかけとなりました。
うまくいかずつらいときは「本当に自分がやりたいことか?」と自問自答。
断られ続けてくじけそうになったときは、「本当に自分がやりたいことなのか」と自問自答しました。「訪問美容ゼミ」の一期生の先輩が「自分のお客さまが高齢になってサロンに来られなくなったとき、『家にカットしに来て』と言われたら必ず行きたい。お客さまにとって自分が『最後の美容師』になりたい」とおっしゃっていたことが心に残っていました。「私もそうなりたい、訪問美容はこれからの美容に必要なことだ」と強く思いました。
また、頭の整理をするために自分にとっての優先順位を考えました。私の一番は子どもたちのこと。子どものことは省かずに、残った時間を仕事と自分のことにあてればいい。仕事ではサロンの予約時間ははっきりしているので、予約以外の時間の割り振りを週単位で「いつまでに何をすればいいか」を考えたのです。1日単位で考えるとクリアできなかったときに辛くなるので、「1週間以内でできればいい」ととらえると、行動がしやすくなりました。
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Q
訪問美容をやってよかったことは?
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A
自分が培ってきた経験が、あらためて自信になりました。
自分の仕事の速さに自分で驚きました。
サロンの美容師としては施術もコミュニケーションもベテランとしての自負がありますが、認知症を患った方に対してうまくできるか最初は不安でした。サロンではお客さまとゆったりおしゃべりを楽しみながら施術していますが、施設では限られた時間でやらなければなりません。でもやってみてわかったことは、自分は仕事が速いということ(笑)。15分でカット、メイク、まゆの整えと余裕でできている自分自身に驚きました。培ってきた経験で体が勝手に動く感じでした。
一方で、認知症に対する知識はまだ浅いので、「どう対応するのがその方にとってのベストか?」を常に考えています。施設長さんが開催していた勉強会に参加させていただき、認知症についての知識とコミュニケーションを学んでいる段階です。
相手の喜ぶことをするとコミュニケーションがうまくいきます。
勉強しながら認知症の方々と接していて、自分なりにコミュニケーションの勘所を徐々につかめてきています。例えば、利用者さまたちの名前を覚えたいと思ったのですが、名札はつけていらっしゃいません。「ご自身の名前も言えないのでは?」と思い、職員の方にご相談してみたら「毎回自己紹介してみてください」と言われました。そこで「はじめまして!渕と申します!お名前教えていただいていいですか?」と元気に話しかけると、みなさん「こんにちは!○○です」と答えてくださいます。先方は私の名前を覚えていないので毎回同じやりとりをするのですが、そうすると施術中の会話もはずむのです。名前は覚えていなくても、私の服でお気に入りのものがあると「その服いいよね」と言ってくださる方もいます。利用者の方々の喜ぶツボが私にも見えてきたので、「この服を着ていくとあの方が必ずよろこんでくれるだろうなぁ」など、イメージして心の準備をして訪問するようにしています。
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Q
今後は訪問美容をどのように展開していきたいですか?
-
A
訪問美容をメインでひろげて、休眠美容師の活躍の場にしたいです!
コロナが収束したら一気に動き出したい。
私の営業が佳境になってきたときにコロナ禍が来ました。契約寸前だった施設が、職員以外は出入り禁止になったままで、コロナが収束するまで今後の見通しがたてにくいのが正直なところです。
本来の目標は、サロンは既存のお客さまのみにして、訪問美容をメインにできるよう施設や居宅のお客さまを増やしていきたいです。そうなると私ひとりではむずかしくなるので、子育てなどでサロンを辞めた美容師を中心に雇用していきたいと考えています。都心部にはそうした潜在美容師がたくさんいるはずなので、彼女たちの活躍の場にも訪問美容は必ずなると思っています。
渕さんからひとこと
学んで分かりましたが、美容関連の法律はほぼ大正時代のまま来ています。しかし、ステイホームやソーシャルディスタンスを強いられるコロナ禍で変わらざるを得ない状況になっていると思います。そうなったとき、訪問美容は一気に広がるのではないかと私は予想しています。法律が変わって規制緩和されたら、大手の訪問理美容業者にあっという間に独占されてしまうかもしれません。だから始めるなら今です! 私自身も法律が変わったときにすぐに動けるように準備しています。高齢化社会で訪問美容は必ずニーズが高まると思うので、やりたい気持ちがあるならすぐに動き始めることをおすすめします。
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