サロンで始める
訪問美容~データ&実例編~
超高齢化社会を迎え、サロンの潜在市場として注目される “訪問美容”。
データや実践事例を交えて訪問美容の可能性について考えていきます。
vol.11
実例編「ふるさと納税」の返礼に訪問理美容を導入。
全国初の試みに踏み切ったオーナーの想いとは?
Hair Club Yz(奈良県天理市)
- 全スタッフ7名
- 1店舗
- オーナー:
- 石田良夫さん
- 訪問美容開始:
- 2011年
- 訪問個人顧客数:
- ※月による
- 個人顧客訪問頻度:
- ※月による
- 訪問スタッフ:
- サロン兼任3名
- 価格:
- ※ふるさと納税の返礼として実施
-
Q
訪問美容に関心を持ったきっかけはどんなことでしたか?
-
A
常連のお客さまの最期の施術と、東日本大震災でした。
病院で施術させていただいた翌日に、亡くなられたお客さまがいました。
サロンのオープン直後から通ってくださっていたお客さまが、5〜6年前に入院されたことがありました。当時でもう90歳ぐらいの方でした。ご家族から「最後にカットしに来てほしい」とご連絡をいただいて、病院にうかがってカットさせていただきました。そのときはもうお話はできない状態でしたが、意識ははっきりとあり、ベッドから車いすに移動されて施術できたのです。けれど、その翌日にお亡くなりになったと聞いて、ショックでしたね。それ以来、お体の事情でサロンに来られなくなったお客さまのために、何かできないかと考えるようになりました。
東日本大震災でボランティアに行き、「人助けをしたい」気持ちが強くなっていった。
その直後に、東日本大震災が起きました。未曾有の災害でしたから、いても立ってもいられず「何か自分にできることはないか?」と、ボランティアでカットに行こうと思い立ったのです。震災から3カ月後に、天理から宮城まで、10時間かけて車で向かいました。役所でヘアカットを必要としている避難所を紹介してもらい、20名ぐらいの方が避難されている公民館でみなさんのカットをさせていただきました。当時は仮設住宅も建ち始めていましたが、避難所にいたのは仮設に入れない人たちだったんですね。そのときの経験以来、「困っている人の助けになることがしたい」という気持ちがどんどん強くなっていきました。
-
Q
訪問美容はどうスタートしたのですか?
-
A
施設での施術から始めましたが、自分の考えとは違っていました。
短時間で回す施設での施術は、ボランティアと考えていました。
すでに訪問美容をやっている同業者に教えてもらいながら、紹介で施設での施術を始めました。私は訪問美容はあくまでボランティアで、ビジネスとしては考えていませんでした。というのは、施設での施術は限られた時間の中で20人ぐらい施術するため、おひとり15分ずつくらいしか時間が取れません。お金をいただくなら、もっとお客さまを満足させる時間と手間をかけるべきと考えていたからです。けれど、我々がお金をいただかなくても施設は有料にしていましたし、その金額も施設によっていろいろでした。施設にも事情があるのでしょうが、個人的には困っている人のために何かしたいという想いだったので、施設での施術は辞めることにしたのです。
天理市が行う「高齢者福祉サービス」で個人宅の施術をスタート。
施設での施術は辞めたものの、「何かしたい」という気持ちは変わっていませんでした。それで、天理市が「高齢者福祉サービス」で行っている訪問理美容サービス業者として登録しました。寝たきり等のため理美容室に行けない高齢者が、年4回分まで自宅で理美容の施術を受けられるサービスです。市に登録している理美容者のリストをもとに、ご本人やご家族が理美容者を呼ぶシステムです。基本は個人宅にうかがうもので、月に1件くらいお声がかかるようになりました。
ただ、市のサービスを受けられるのは、寝たきりだったり、一定以下の収入の方など、かなり制限があります。高齢者の方なら誰でも受けられて、利用する方が費用の負担をしなくてもいい方法はないかと考えていたときに、テレビを見ていて「ふるさと納税」の返礼品がブームになっていると知り「これだ!」と思ったのです。
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Q
「ふるさと納税」でのサービスのしくみはどうなっているのですか?
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A
天理を離れた方が、天理に住むご両親へのプレゼントとして使えます。
モノではない返礼品も喜ばれると思いました。
「ふるさと納税」は返礼品の名産物がブームのようになっていますよね。「食べ物ではなくサービスの返礼があってもいいのでは?」と思ったのです。サロンのお客さまで、ご結婚や仕事の都合で市外や他県に転居されたけれど、ご両親は天理在住という方が少なくありません。そうした方々が「故郷にいるご両親のことが心配になることもあるのではないか」と。
そこで考えたのが、主に他県に出た方が「ふるさと納税」する返礼品として「訪問理美容サービス券」を発券するアイディアです。サービスを利用する方は費用の負担がなく、納税する方にとってはご両親へのプレゼントになります。お一人おひとりの施術になるので、こちらも丁寧なサービスができると思いました。
サロン単体では難しいため、天理市と奈良県の理容組合及び美容組合とともに、組合の事業として市にもちかけました。単にヘアカットするだけでなく、高齢者だけで暮らす世帯に理美容者がうかがうことで、高齢者の方のお体の不具合を見つけたらすぐに市に報告するなど、見守り活動にもなると提案しました。
全国初のサービスで、メディアでも注目!
2016年3月に、天理市に「ふるさと納税」について持ちかけ、7月に協定が締結されました。市からも「物品の返礼にはない、家族との絆や高齢者等とのふれあいを深め、見守り活動が定住化を促すことも期待できる」と評価をいただいています。全国初の試みだったので、ローカルのテレビ局や新聞でも取り上げていただきました。
しくみとしては、「ふるさと納税」で10,000円以上寄付し、返礼品で「訪問理美容サービス券」を選ぶと、指定した送付先にサービス券と「理容所・美容所一覧表」が送られてきます。利用者さまは一覧表から希望する理美容者を選んで直接予約を入れるとサービスが受けられます。サービスを受けられる対象は「65歳以上の高齢者」「障害のある方」「家族である乳幼児の育児により一般利用が困難な方」「家族である高齢者等の介護を行っており一般利用が困難な方」のいずれかで、個人宅でも施設でも可能です。ご利用いただくと一定の金額が美容組合や理容組合を通して、サロンに還元されます(※天理市の「ふるさと納税:訪問理美容サービス券」の詳細はこちら)。
まだ始まったばかりの取り組みですが、「ふるさと納税」を通じて訪問理美容が普及していくことを期待しています。
石田さんからひとこと
訪問美容に対する考え方はそれぞれだと思います。ビジネスとして成立させるには、相応の時間と手間がかかりますし、ボランティアの場合には、サロンに支障がでないよう営業時間外でやる必要があります。私の場合、「困っている人を助けたい」気持ちが大きいため、ボランティアから始め、行き着いた先が、費用を負担する人と利用する人が別々にできる「ふるさと納税」という方法でした。自治体を動かすにはひとりでは難しいですが、こうした取り組みもあると知っていただけるとうれしいですね。
次号では、売上急落の窮地から「経営革新計画の承認」を得て、訪問美容をスタートさせたサロンをご紹介します。
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