Special Interview
美容業界が描く「女性活躍」のカタチ
apish
代表取締役 坂巻哲也さん
18年前、裏原宿に1号店をオープンさせて以来、常に業界のトップランナーとして新しいヘアデザインや技術を提案しつづけてきた「apish」。今年も横浜に新店舗をオープンさせ、現在は7店舗を展開。「カリスマスタイリストの坂巻さんのサロン」のイメージが強いですが、近年は、2013年に女性スタイリストだけの「apish cherie」をオープンさせるなど、女性スタッフが長く働きやすいサロンとして注目されています。現在5人のママスタイリストが活躍中。「ママスタッフが能力を活かせる場をつくる」という、坂巻さんの想いと取り組みについてうかがいました。
1998年10月「apish」設立。2001年9月移転拡張オープン。以降、表参道、銀座、青山、横浜と次々に新店舗を展開。現在、店舗数7店舗、スタッフ数は約100名に。「経営にはCS(顧客満足)とES(従業員満足)の両輪が欠かせない」と語り、日々、スタッフとの密度濃いコミュニケーションを欠かさない。サロンワークを中心に、ヘアショー、テレビ出演、撮影、講習会と、幅広い活動を展開中。
女性活躍支援の取り組み
- 育休明けスタッフのリハビリ用店舗を開設
- 時短ママが技術以外の役割でも活躍
- ママスタッフ発案のイベントを展開
- 若手後輩のフォローをする「シスター制度」
- 産休・育休や復帰後の働き方を相談で決定
- ママスタッフの希望でシフトを調整
-
育休明けスタッフのリハビリ用店舗を開設
育休のブランクに不安を持つママスタッフのために、カットをしないカラーリタッチ専門の「apishカラーテラス」を川崎市鷺沼に2015年1月にオープン。簡単な施術と接客でリハビリすることを目的としている。指名制ではないので、子どもが急に発熱しても無理なく休むことができる。
-
時短ママが技術以外の役割でも活躍
撮影やプレスの対応、事務手続きなど、はさみを持つ施術以外で、サロンに必要な業務が多々ある。それらを時短勤務中のママスタッフに担当してもらうことで、接客しなくても会社に貢献でき、手当ももらえる仕組みをつくっている。
-
ママスタッフ発案のイベントを展開
「キッズ&ママズデー」や「ファミリーフォトデー」など、ママスタッフから出たアイデアが、プロモーションイベントに活きている。お客さまからも好評で、各店舗で定期的に実施されている。
-
Q
ママスタッフ支援の取り組みについて、システムの充実だけでなく「スタッフへの想い」を感じますが、その発端は?
-
A
小さな組織の頃の個人的な取り組みを、会社として続けるにはどうしたらいいかを試行錯誤してきました。
創業メンバーの出産を機に、「いい縁は一生切らない」という持論を、どうしたら実現できるかを考えました。
18年前に独立・創業したとき、スタイリスト3名、アシスタント4名でスタートしました。オープン当初からたくさんのお客さまにご来店いただき軌道に乗ってきた頃、主要メンバーのスタイリストから妊娠したと報告を受けました。正直、「どうしよう?」と頭が真っ白になりました。当時は業界でも子どもを産んだ女性が仕事を続ける例があまりなかったので、本人も「迷惑をかけたくない」と言ってきたのです。でも、「いい縁は一生切らない」というのが私の持論でしたから、なんとか続けてもらえないかと。
会社組織にもなっていなかったので制度もなく、暗中模索の中、とりあえず復帰できるまでは待つことにしました。育児休暇中も給付金の制度など知らなかったので、私のポケットマネーで援助したり(笑)。復帰後は「好きな時間だけ出勤してくれればいいし、休みも好きにとっていい」と適当に。とにかく辞めてほしくなくて「apishで生まれた子はみんなの子ども!」と、店全体でバックアップしていました。
「アーティスト」から「経営者」になる覚悟を決めました。
スタッフが40-50人になった頃、会社組織としてきちんと社保や制度を整備しなければならない時期が来ました。創業当初、自分は「社長と呼ばれたくない。アーティストでいたい」と言っていたのですが、人が増えて経営者としての比重が大きくなることに悩んでいました。そのときに、一緒に独立した副社長の網野一廣が「自分が世界一のセカンドになるから、坂巻さんは好きにやっていい」とスタッフみんなの前で宣言してくれたのです。うれしかったですね。網野が労務関連の実務を担当してくれることになったのですが、私自身も経営者としての覚悟を決められました。
それからは、就業規則をつくるなど、会社らしくするシステムを網野中心に整えていきました。けれど、そのときどきのスタッフの状況によって、制度が合わないこともあります。スタッフが妊娠するたびに違う状況が生まれるので、壁にぶつかるたびに就業規則を改定するなど、少しずつ整えていったという感じですね。今でも復帰後の働き方や、シフトの組み方などは、本人と相談のうえ、希望に合わせるように臨機応変に対応しています。
-
Q
ママスタッフや女性を活かす取り組みを多々実施されていますが、それぞれの背景と内容を教えてください。
-
A
ママスタッフたちが持つ不安も経験もアイデアも、すべてサロンにとっては財産と考え、カタチにしています。
育休から復帰するスタッフの不安を取り除くために、リハビリ用のカラー専門サロンをつくった。
「apish」は、カット技術だけでなく、パーマの薬剤や器具など、常に最新のものを開発しています。また、お客さまの求めるトレンドも時代によって変化していきます。育休の約1年というブランクに、ママスタッフたちは大きな不安を抱えていました。そこで、彼女たちのリハビリの場をつくろうと思ったのです。カットはせず、カラーの、主にリタッチをする専門店「apishカラーテラス」を川崎市の鷺沼にオープンしました。ママスタッフだけでなく、他店舗所属のスタイリストをシフト制で「カラーテラス」に派遣する仕組みです。リハビリ後は一般の店舗でカットにも復帰する準備をしてもらいます。ただ、ふたりの子どもを立て続けに出産し、長いブランクで「もうカットは少し不安」というママスタッフが出てきたため、彼女に「カラーテラス」の店長になってもらうことにしました。現在は2名のママスタッフがほぼ常駐になっています。
ママスタッフが若手の「教育担当」兼「相談相手」になっている。
「apishカラーテラス」をつくったことは、ママスタッフのためだけでなく、若手の育成にもなっています。現在のお客さまの中心は大人の女性。接客には共感力やプレゼン力など、高い人間力が求められます。そこが長けているのがママスタイリストたちです。若手を順番に「カラーテラス」に派遣することで、ママスタイリストたちのカラーリング技術だけでなく、接客を学ばせることができます。若手のカラー技術が上達してくると「あなたにカットもしてもらいたいわ」とお客さまが言ってくださる。「カラーテラス」ではカットは行っていないため、本来所属している東京の店舗をご紹介できて、グループ全体のプロモーションにつながる相乗効果もあるのです。
また、女性の後輩が「カラーテラス」に派遣されたときは、自然と悩み相談室のようになっているらしい(笑)。もともと「シスター制度」というメンター的なタテ割りの教育制度もつくっていたのですが、シスター以外の先輩にも会える機会がよかったようです。人生経験豊かで同性のママスタッフだからこそ、私に言えないことも相談できて、彼女たちが後輩の心のフォローをしてくれています。これは想定外の効果でした。
技術以外の役割を担ってもらい、手当や報酬に反映する。
「apish」では、女性に限らず全スタッフに「自分が輝ける特長を持て」と言っています。「これだけは誰にも負けない」という強みを目標にして実現してもらうのです。それは技術的なことでもいいですし、技術以外の役割でもいい。サロン経営には、撮影やプレス対応、助成金の手続きなど事務的な業務があります。時短勤務のママスタッフには、それらの中からいずれかの役割を担うことで会社に貢献してもらいます。
それらの目標や役割を確実に達成させるために、スタッフ全員に「夢確認書」というものを書かせています。短期・中期・長期でどのように取り組んでいくかを記入させて、毎日朝礼で達成度合いを確認するのです。できていなければその理由を考え、また次の取り組みに活かすことを繰り返させます。半年ごとのボーナスは「夢確認書」の内容をもとに査定し、スタッフ一人ひとりにフィードバックするので「夢確認ボーナス」と名付けました。
ママスタッフのアイデアで、プロモーションイベントが多数実現。
うちは「apish祭り」と呼ぶさまざまなイベントを行っていますが、ママスタッフたちのアイデアによるものが多数あります。そのひとつが「キッズ&ママズデー」。2カ月に1回、各店舗持ち回りで行っており、保育士さんに来てもらって、子連れのお客さまが心置きなく施術を受けられるというイベントです。当日もママスタッフが大活躍。保育士さんと一緒にお子さまのお世話をしてくれています。
また半年に1回程度行っている「ファミリーフォトデー」もママスタッフからのアイデア。ご家族のうちどなたかおひとりが施術の予約をしてくだされば、プロのカメラマンに家族写真を撮ってもらえるイベントで大好評です。
これらのイベントはサロンのプロモーションやイメージアップに非常に貢献しています。それだけでなく、若手のスタッフは年輩のお客さまとの話題に困ることがあるのですが、イベントのご紹介や、参加していただいた感想をうかがったりすることで、会話のネタにもなるのですよね。
-
Q
「これから取り組んでいきたいこと」について教えてください。
-
A
状況が変わっていく女性スタッフたちが、そのとき求めるものをキャッチしつづけていくことです。
数値化できないママスタッフの貢献度を、どう給与に反映できるかが今後の課題。
創業からのメンバーである樋口いづみ(apish AOYAMA勤務)は、独身時代もメディアなどで活躍していましたが、ママになった今、再ブレイク中です。時短勤務ながらプレス担当も兼務し、ママスタイリストとしてのセミナーなどにひっぱりだこ。けれど、ママスタッフ全員が樋口のようになれるわけではありません。また、育休からの復帰後は、フルタイムで働いている後輩たちに、技術的にも給与的にも抜かされてしまいます。「夢確認書」で目標に設定できることはボーナスなどに反映できますが、ママスタッフが後輩の相談役になっていることなど、数値化できない貢献も多々あると思うのです。それを給与や報酬にどれくらい盛り込むべきなのかが課題です。
「今は育児に軸足を置いている」と思っていても、ママスタッフの状況は子どもの成長とともに変わっていきます。それとともに本人たちのワークライフバランスも変わると思いますので、彼女たちが今何を望んでいるかを知るために、経営者として常にコミュニケーションを取り続けることが大事ですね。
スタッフたちの考えを知り、そのために良いと思ったことはとりあえず実行すること。
カリスマ美容師ブームが過ぎた頃、売上が右肩下がりになったことがありました。すると人も離れていくのです。どうしたらスタッフが辞めないかと考えたとき、自分が今までお客さまの満足(CS)だけ考えて、スタッフのことは見ていなかったと気づきました。それからはスタッフの声に耳を傾け、従業員満足(ES)も実現することを真剣に考え、スタッフのためにやろうと思ったことはすべて実現してきました。すると人は辞めなくなり、売上もV字回復したのです。
女性活躍もまったく同じです。今は全スタッフと日々話せませんので、幹部に意見を吸い上げてもらったり、「家族会」と称して、子どもがいるママ&パパスタッフを家族ごと私の自宅に呼んでパーティーをしたりしています。そこで状況や本音が見えてきます。今までやってきた女性のための施策は、すべてスタッフの声から始まったもの。失敗した施策もありますが、失敗から学んだこともたくさんあるので、とりあえず実行すべきです。制度をつくるだけでは女性はついてきません。きちんと向き合って、ママスタッフたちが活躍できる成長の場を与えることが何より大事だと思っています。
女性活躍だけなく、本文に書ききれないほどのスタッフのための施策を多々実行。内容の深さだけでなく、施策のそれぞれに「夢確認書」同様、「夢会議」や「未来地図」など素敵なネーミングをしていたり、次々と繰り広げられる「坂巻さん語録」に引きずり込まれずにはいられませんでした。「お客さまもスタッフも飽きさせたくない」というこだわりを、我々も実感することとなりました。
「マッキー(坂巻さんの愛称)のひとりごと」と称して、その日の会話に役立つ話題を毎日LINEで全スタッフに配信していたり、毎朝5時に起きて読書している坂巻さんの日常。美容業界のみならず、すべての経営者の方にも参考になるのではないかと感じました。
Company Data
アーティストから経営者への
意識改革が女性の活躍につながる。