2013.02.12
現在、単独結婚式場としては、日本唯一の挙式披露宴組数2000組以上を誇る八芳園。
1000組前後にまで落ち込んだかつての業績を、4年でここまでに回復させた立役者である井上義則氏に、歴史と伝統を踏まえつつ、顧客の心をつかむために取り組んできた、革新の背景を語っていただきました。
PROFILE
井上 義則(いのうえ よしのり)
1970年生まれ。ブライダル企業へ就職し、サービス、営業、企画、広報を経験後、婚礼システム販売会社、ホスピタリティツーリズム講師などを経て、2003年9月に八芳園入社。事業立て直しに着手。入社当時1000組前後まで年間挙式披露宴組数を下げていた八芳園を、4年で2000組実施にまで回復させた立役者。2008年10月より常務取締役に就任、2010年11月に日本のブライダル企業を活性化させるべく関連会社Widea株式会社を設立し、代表取締役に就任。
|第5章|お客様とともにエピソードを紡ぎ続ける
TEAM FOR WEDDINGを体現する原点となったエピソードがあります。
業績がふるわなかった頃からの女性ウエディングプランナーが、あるときこう言いました。 担当する新婦さんには二人のお母様がいて、日曜日の挙式には育てのお母様がいらっしゃる。私は何とか、産みのお母様にも、新婦さんのウェディングドレス姿を見せてあげたいんですと。そこで、前日の土曜日に、産みのお母様をチャペルにお呼びすることにしたんですね。
この話を発信すると、たくさんのスタッフやパートナー企業の方々も協力を申し出てくれ、聖歌隊やオルガニストも有志で集まってくれました。
当日、産みのお母様に、ウェディングドレス姿の新婦さんが「お母さん、生んでくれてありがとう。私は明日、お嫁にいきます」と言って花束贈呈をした時には、もう、涙で言葉は出ませんでした。その日は二十数組の結婚式があって皆多忙だったにもかかわらず、スタッフやパートナー企業の方々がこのお母様たちのためにと、フラワーシャワーもしてくれまたんです。
この出来事が、それまで無関心だったチームを、一人のお客様の夢を叶えるチームへと変貌させました。TEAM FOR WEDDINGの原点となったこの日の記念写真は、今でも大切に飾ってあります。
その後、こうしたご事情のあるお客様がほかにもいるかもしれないと思い、「かなえる婚」というサイトを立ち上げました。その第1号のお客様は、深夜近くの結婚式でした。ご両親に認められず結婚式を挙げられなかった部下のために、上司が仲間を集めてパーティーを開くので、そこで結婚式をやってほしいということだったんですね。
正直に言えば、利益にはなりません。でも、会場にいた方たちから「八芳園がこんなことをしてくれるの?」という驚きの声が聞かれました。
先ほどもお話ししたように、一人のお客様に徹底的によろこんでいただけば、必然的に周りの方も認めてくれる。これからは、広告宣伝費をかけるよりも、こうしたエピソードを発信していくことで認知されていく、そんな時代だなと思います。それぞれにご事情のある結婚式を挙げられた方のエピソードを集めて、『はじまりのストーリー』という本も出しました。こうしたエピソードがたんさん誕生していくことが、我々の誇りにもなっています。
日常の時間軸のなかにちょっとした違いを作ると、ストーリーになって、よろこびにつながるような気がします。
ここで、僕が美容室のオーナーだったらという、ストーリー戦略を考えてみました。
一カ月744時間のうち、美容院にいくのはおよそ3時間。それ以外は、自分でヘアスタイルをセットしています。僕は美容院でセットをしてもらうと、店を出てから自分で直したくなることがよくあるんですね。女性スタッフに聞いてみてもそうらしい。
そこで、セットから始める美容院があったら面白いなと思うんです。最初にお客様とふだんのセットの話をしていくと、そのお客様の日常の741時間のシーンが見えてくるかなと。
お店の名前は、そのコンセプトにちなんで「Set Color Cut」(笑)。そして、セットをする場所を用意して、利用してくれたお客様には、いつでも無料で使ってもらうんです。そうすると、セット無料が来店動機になって、お客様との接点回数が増え、浮気せずに通ってもらえる。素人考えで怒られそうですが、駅の近くにお店を構えていらっしゃる方にどうかなと思います。
結婚式を挙げる方々は、言ってみれば一見のお客様です。しかし、我々は「生涯顧客」と捉えて、ご縁のあったお客様とは一生おつきあいしていきたいと考えています。
そのために、八芳園で結婚式をされた方々を招いて、奥様にもう一度ウェディングドレスを着ていただくパーティーを開催したり、アニュアルレターをお渡ししたりしています。
これは結婚した記念日からその日に毎年、夫婦の誓いの言葉を記していく本で、右側から新婦さん、左側から新郎さんが書き進め、真ん中が金婚式となっています。さらには、パートナーが死を迎えた時に、思い出を語り合う「お別れの会」をしていただきたいと考えています。その際には、結婚式の映像を流して、披露宴の思い出のメニューのから料理を出す。そのために、婚礼メニューは永久保存にしてあります。最初にお話ししたように、本来のターゲットカスタマーが減っていくとしても、お客様とともに年を重ねて、こうした取り組みをしていけばいいわけですね。
最後に、私はお客様の心の扉を開く鍵は、「実は」という言葉で、それをソリューションしていくことがビジネスなのではないかと思っています。
お客様に心から接すると、お客様は心の扉を開けてくれて、「実はね…」という本心を知らせてくれます。その本心を知るだけじゃなく、実らせることが、「心実」につながるのではないでしょうか。我々はお客様を通じて、こうしたことを学び続けています。
美容業界の方々は、お客様の髪や肌に触れるので、そうした時に「実はね…」という言葉を聞くことがあるかもしれません。
「実は、結婚式を挙げていないの」というお客様などがいらしたら、我々に言っていただければ出動します。サプライズで髪をセットをして、ドレスを着ていただいて、美容室で結婚式を挙げる。そうすると、美容室が思い出の場所になって、そこからまたエピソードが生まれるかもしれません。今日の講演だけでなく、ここから様々なコラボレーションをしていけたらうれしく思います。