ネイルサロン領域
2011.12.12
今から30年以上前、日本にネイル専門サロンが存在しなかった時代に、OLからマニキュアリストの道へと転身した東條汀留さん。まさに業界の先駆者と言えます。「健康で美しい爪」をコンセプトとする東條さんのサロンは、大人の女性が集う場所。華美なデザインネイルやソフトジェルは行わず、地爪のケアを最優先としています。日常を忘れてゆったりくつろげる空間、TAACOBA銀座本店で、センター長・野嶋が、ネイル業界の今とこれからについてお話を伺いました。
PROFILE
東條 汀留(とうじょう てる)
1978年、マニキュアリストとしてのキャリアをスタートさせる。1988年に、ネイルケアサロン・ロングルアージュを設立。現在は、スタッフ約100名。広尾、銀座、東京、二子玉川、心斎橋、京都、神戸、梅田に店舗を構え、さらにネイルカレッジでは後進の育成にもあたる。著作に『大人の上品美爪塾』(講談社)など。NHK「おしゃれ工房」「きれいの魔法」のネイルケア講師としても知られ、メディアや全国各地で「健康で美しい爪」をめざすネイルケア理論の啓蒙活動を精力的に行っている。
|第3章|ネイル業界のこれから
野嶋 日本のネイル業界の第一人者として、いろんな啓蒙活動をされてきた東條さんですが、これからの業界の見通しはどうですか?
東條 以前は電車の中でネイルカラーを塗っている方をたくさんお見かけして、「ああ、やっと日本にもマニキュアが根付いたんだな」と感慨深く思っていたんですね。ネイルサロンに行く、行かないは別として、爪をお手入れするという考えが浸透したと感じて嬉しく思っていたんです。
けれども最近は車中を見渡してみると、ネイルカラーを塗っている人がまた減ってきたんです。「せっかく根付いたはずなのに、どうしてまた減ってしまったんだろう?」と考えました。敬遠されてしまったのか?それとも飽きられてしまったのか?原因は何なのか、必死で答えを探していました。
野嶋 なぜ減ってしまったんでしょうか?
東條 ひとつは、ネイル業界が違った方向に進んでいってしまったからではないかと感じています。日本のネイルが、健康な美を追求するというよりも、装飾的なイベント仕様になってしまったということでしょうか。その結果、ネイルは若い人のものという風潮が広まったように思います。もう一度原点に戻って、日常の中での「健康で美しい爪」の良さを伝えなくてはいけないと思うようになりました。
イベントがあるときにあわててネイルサロンに行くのではなくて、イベントがあるときに「普段からネイルケアをしてきて良かった」と思っていただけるように。もっと日常に密着したネイルを提唱していきたいのです。そうしなければ、どんどん爪に意識を払う人の数が減ってきてしまうように思います。
野嶋 これからが正念場、というわけですね。
東條 そのとおりです。この数年が分かれ道になると思います。きちんとした業界として生き残っていくのか、単なるブームとして終わってしまうのか。
今、美容室とネイルの併設が進んでいますね。私自身も美容室でのネイルケアの認知に尽力してきました。でもなかなか定着しないのが現状です。即、数字につながらないと経営者の方が我慢できないんですね。ですからマニキュアリストがフロント業務と兼任させられたり、雑用をさせられたりする。ちゃんとした職業として扱っていただけず、悪いスパイラルに入っていると思います。技術者として育てていただき、もっとしっかり構えていただければ、1人100万円は売り上げられる仕事のはずだということを、美容室のみなさまにもお伝えしていきたいと考えています。
また同時に、行き届いた手元がお客様の気分を高揚させる効果があるという地道なPRも必要です。まずは、ネイルケアをお試しいただく努力をしていくことではないでしょうか。
野嶋 ネイル業界も、ここから「本当のプロが育つかどうか」という時期にさしかかっているのかもしれないですね。
東條 そう思います。先ほど、アメリカの美意識の高い方々はシンプルで健康的な地爪を大切にするという話をしましたが、日本もこの業界が成熟していけば、そのような考え方が広まると思うんですよね。そうすれば、再び爪に意識を払ってくださる方も増えるかもしれません。考えてみれば、アメリカでも、ジョイナーのネイルが話題になった時代もありましたね。
野嶋 あれはロサンゼルス五輪(1984年)でしたね。
東條 今のアメリカでは、ああいったイベント仕様のデザイン中心のネイルは減ってきていまして、健康で美しい爪を大切にされている方が増えてきています。いずれ日本もそうなってほしいなと期待していますし、そのためにはやはりネイルケアすることが日常的にならなくてはいけないと感じています。
ネイルって、女性に残された「最後の美」だと思うんです。髪を綺麗にして、お化粧して、フレグランスがきて、そして最後に残されたのが爪だったわけですから。ある意味、究極のオシャレだと言えます。けれども、それと同時に爪は誰もが持っているものですから、ネイルケアをすることが生活に密着したものになってほしいと思います。例えば「歯を磨く」ように、「爪を磨く」ことを生活習慣にしてほしい。そのためにも、やはりイベント仕様のデザインネイル中心では定着しないと思うんですね。
もし、ジェルで作る美が「強い美」だとしたら、私が求めているのは「弱い美、はかない美」かもしれません。それが本来の日本人の美意識ですよね。移ろいゆく季節の中で、桜の花を愛でるような、侘び寂びを感じる心です。そういった日本人の美意識は世界に影響を与えていますし、誇れるものです。
日本人本来の美学をネイルにも浸透させていくこと、それがこれからの自分の使命かなと感じています。
(写真提供/TAACOBA 写真撮影/西山俊哉 文/増田ゆみ)