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言葉が有限だと自覚すれば、僕たちは“美しい言葉”しか使わない。
千葉
このレターポットの元になるアイデアが持ち込まれたのが去年の9月で、公開されたのが12月28日。構想4カ月ほどで稼働に至るって早いですよね。日頃から、こういうアイデアを考えて動くことはお好きなんですか。
西野
「言葉を通貨にしよう」って、むちゃくちゃな話ですよね。でもでも、考えてみると通貨って時代とともに形を変えているし、いまやクレジットカードなんて物質ですらないデータじゃないですか。だったら文字もいけるなって思えた。飲んでる席でそんな話をしていたとき、みんなは「え~!?何それ、何言ってんの」みたいになったんですけど、無理だろみたいに言われると、むしろすごいその問題を解きたくなるんですよね。
千葉
その一連の考え方、「クレジットカードでいけるなら言葉でも…」みたいなのもそうですし、本質に迫るのがすごくうまいですよね。日頃から思考されているから、どんどん深い部分まで考えられるんでしょうが…。
西野
うーん、だけど基本的に僕たちは実現可能なことしか思いつかないと思うんですよ。例えばこの瞬間に、土星の裏側を見に行こう!とは思い浮かばない。無理な話だと知っているから。だから僕が、「言葉を通貨にしたい」と思ったからには、できるはずだと思ったんです。
千葉
考えるだけじゃなくて、実践家でもある。すぐ動く、という姿勢ですよね。そして周りを巻き込む。
西野
まぁ「ちょっと思いついたんだけどー」って、飲みの場に友達を呼んで話を続けるうちに、何人かは「これはいけるんじゃないか」となって、そこからどんどん細部まで考えを広げていって…。翌日にもう一度考えをまとめて、昼くらいには土台は固まっていた感じだったかな。
ちょうどそのころ、友達が仮想通貨を作りたいと言っていたんですよ、ブームだったので。でも僕は「そんなのもうダメだ、ビットコインのコピペみたいのを作ったっておもしろくない」って止めて。「それよりもっととんでもない、説明できないようなもんを作ろう」って、仮想通貨を作りたがっていた友達に話したんですね。彼は作りたいとは決して言っていなかったんですけど(笑)。なんとか説得して、翌日にはシステム作りのために動き出してもらっていました。
千葉
先ほども「換金アプリになったらつまらない」というお話がありましたが、「おもしろい、つまらない」というのが行動基準としてありますよね。稼げるかどうかは、あまり気にならない?
西野
お金稼ぐことは全然興味がないですね。ただ、生活費として使えるお金を増やしたいとは思わないけど、制作費はほしいなとは思っていて。僕の絵本『えんとつ町のプペル』の映画の制作費に10億円かかるようなんで、その制作費を集められるだけの“信用”はもっておきたいと思っています。
お金儲けじゃなくて、仮説を立てて進んで、よし当たった、いやこれは外れたわぁ…みたいな、実験というか行動することが楽しいですね。
千葉
レターポットを実際に稼働させてみていかがでしたか。
西野
やってみてすごくよかったな、と思える、圧倒的に感動したできごとがありました。最近知り合いから「友達が末期がんなんだ」という話があって、その人が書いたというブログを見せてもらったんです。そしたらその文章の言葉選びが“いちいち美しい”。なぜこんなに美しい文章が書けるんだろうと驚くくらいに。結構年配の方なのかと思ったら、まだ30代前半の若い方なんですよ。
それから間をおかずに、今度は別の知り合いから、急性白血病になり余命3カ月と言われた人がいるという話があって。その人が僕に会いたがっていると聞いたので、翌日に会いに行ったんですね。それで2時間くらいしゃべったんですけど、彼もまた30歳くらいでまだ若いのに、“話す言葉が美しい”んです。
そんなことが続いて、何でだろうなぁと気になっていたとき、レターポットをいじっていて気付いたことがありました。その時点で僕のところに2万件くらいレターが届いていたんですけど、誹謗中傷が1件もないんですね。このキングコング西野に、誹謗中傷が1件もないだなんて異常事態なんですよ!基本、誹謗中傷されますからね僕は。
そこで考えて思ったのは、レターポットのユーザーさんは常に手持ちの文字数が限られている。その残りの10文字20文字を、誹謗中傷に使うか、感謝の言葉にするか、となったとき、全員が感謝するほうを選んだってこと。それで腑に落ちたんです。
白血病と末期がんの2人も、彼ら自身あきらめちゃいないですけど、それでも最期のときの覚悟もしていて、もう自分が使える文字数に限りがあると自覚しているから、美しい言葉になったんだなって。元来、言葉は、美しい。言葉が有限であるという自覚さえあれば、僕たちは美しい言葉しか使わないんだと気づいたんです。
“人間の本質って美しかったんだ”と、わかったことが一番嬉しい。こんなことはまったく想定していなかったので、先が見えない賭けにでると、やっぱりおもしろいですね。
千葉
その、文字に限りがあるというのが普通のメールとの違いなんでしょうね。
西野
そうですね。普通にLINEとかで「本当にありがとう」ってもらっても、すごく嬉しいとは思いますよ。けど、無限の言葉から贈られたものではある。ところが、レターポットは相手の持っているレター数(文字数)がお互いに見える仕様なので、「この人はあと10文字しか持っていない」というのもわかる。その状態で、僕を選んで言葉を贈ってくれたんだっていうのは、やっぱり特別じゃないですか。
そしてもうひとつ、僕がAさんに感謝のレターを贈るってことは、Aさんの手持ちの文字が増えるわけです。つまりAさんが「また別の誰かにレターを贈って感謝するチャンス」と、「レターを贈ってくれてありがとうと感謝されるチャンス」を与えることでもあるんですよ。
千葉
なるほど、レターポットの利点がだいぶわかってきました。
感謝の気持ちを伝える用途から考えると、たとえば美容業のような、サービス業にレターポットを活かせそうですね。眼鏡専売店の「オンデーズ」さんはすでに利用されているとか。西野
「オンデーズ」さんはもともと社内用のマイレージサービスみたいなのがあるんですよ。これは売上だとか業務提案とか、がんばった社員さんにマイルが付与されて、マイルが貯まると食事や旅行と交換できる仕組み。チップとしてマイルをあげる感じですね。ただ接客業だと、対社内の様子はわかっても接客中の様子までは把握しきれない。そこで、お客さんが「すごくいい接客だったな」と思ったときに、その社員さんの名前や店舗名を書いてレターを贈れるように「オンデーズ」名義のレターポットを開設したんです。で、それを見た会社側は、名前が書かれていた社員へ社内マイルをあげるという。
千葉
お客さんからもらえる「チップの言葉版」みたいなことですね。接客業をしていてお客さんからの感謝が目に見えるって、すごく嬉しいでしょうね。
西野
これが現金のチップだと、社内規定で渡せないじゃないですか。でも言葉なら問題ない。こんな使い方も想定していなかったので、「オンデーズ」代表の田中さんから話を聞いて、あ~なるほどなぁと。
人間が生きていくうえで「評価」って外せないものですよね。コミュニケーションがある以上「あいつは、めっちゃがんばっている」とかいう評価は絶対に発生する。だから評価に使うのは狙い目だなと思いました。この人はこんだけ評価されていますよ、という「評価の尺度」に使えるかもしれませんね。
千葉
あとレターポットの活用法としては、ニュースでも多く取り上げられた「はれのひ」の件がありますね。
※振り袖レンタル業者「はれのひ」の突然の休業(のちに倒産)によって、被害を受けた新成人に対して「成人式」をプレゼントすると発表。着物レンタルや船上ディナーなどの費用を全額負担して2月4日に横浜で成人式イベントを開催した。また、被害を受けた新成人に対する応援コメントをレターポットで受け付けた
(このインタビューは、上記イベント前の1月23日に行われた)西野
レターポットをそもそも何で作ったかというと、稼ごうと思ったわけじゃなくて、おもしろそうだから。なのにレター代が運営に集まってきて、しかも「恩贈り、感謝を贈る」とか言ってるくせに、自分たちのところで利益を得ちゃうのはどうなんだ?これは一貫性がないって思えて。この利益すら還元したほうが、おもしろいな、会社の仕組みとして美しいなと考えていたんです。もちろん運営用の経費や事業拡大のための資金は確保しなきゃいけないんですけど、それでも余ってしまったぶんに関しては何かに還元しようね~ってスタッフとも話していたんですよ。そんなときに「はれのひ」の件が起きたので、僕たちで全額費用を負担して成人式をやろうって話になりました。
千葉
運営のあり方がNPOみたいな感じですね。この利益をどこへ回そうかっていうのも、走りながら決められているんですか。
西野
そうですね。成人式のも不完全なまま動き出したというか。レターポットって、レターの売上がそのまま会社で自由に使えるお金になるわけではないんですよ。市場に出たレター分のお金はプールしておかなくちゃいけない。もし、たとえば震災が起きたら公開ポット(アカウント)を作って、そこにみんなが応援レターを贈る。その贈られたぶんだけのレター数は市場から消滅させ、特別に日本円に換金して支援に使おうと考えているので。なので会社はどこで利益を上げているかって言うと、レターを贈るときに切手代、便せん代みたいなものが発生するんですよ。5レターくらい、つまり25円ですね。そのぶんは誰かへ贈られるわけじゃなくて、市場から完全にレターが消滅するので、その消滅分だけが会社が自由に使える資金になるわけです。
…というふうに考えてはいたんですが、公開レターの仕組みが完成する前に成人式の問題が起こってしまった。だから支援用レターを確保する窓口ができていない状況。でもやることにしちゃったので、支援の意思がある人は取りあえず僕のレターポットにレターを贈ってもらうことにして。でも僕のところに贈ってもらってもレターは市場から消滅しないので…、複雑でしょうが、まぁとにかく自由に使える日本円は発生しないんです。なので、「成人式費用を全額負担する」とかかっこつけていますが、あれクッソ赤字。地獄的な赤字になっています(笑)。
千葉
素朴な疑問として、なぜ公開ポットの仕組みが完成してからリリースしなかったんでしょう。
西野
それはあえて、それでいいと考えていて。不完全な状態でとにかくまず世に出して、ダメなところも全部見せて「これ最悪や!」みたいなのもみんなで共有しようと思っていたんです。それにしても、問題起きるの早過ぎ!ってことになりましたけど(笑)。
千葉
このレターポットがリリースされたのが昨年12月28日で、レターポットを使って「はれのひ」問題の支援をすると表明されたのが1月12日。「費用を全額負担して成人式をやりますよ、その費用は先日スタートしたレターポットの売上から出しますよ」と宣伝しつつ支援を表明された。これが話題になったときに、天才的なマーケターだと感心しました。お金を使うにしても使いどころがわかっている、世に最大のインパクトで知らしめる機会をつかむのがうまいなぁと。
西野
被災地支援とかって「無償ボランティアにしろ」って風潮があるじゃないですか。でも一時的なら無償でもいいと思うんですけど、永続的に、来年も再来年も支援をしようとなったとき、金銭面での体力的限界が来てしまう。なので支援することがちゃんとビジネスになっておかないと、これ以上は支援ができないって状況が起きてしまうでしょう。だから、「支援することで僕たちは儲けてます」って言おうと思ったんです。サービスの宣伝にもなるし、僕たちも助かっていますって公言して、だから支援ができるしウィンウィンの関係こそ正しいんだ、と伝えることにしました。
「困っている人を利用しやがって」みたいな非難も来るんですけど、「そうですよ」と。「僕たちは相手を助けることで、僕たちも助かっています」と堂々と示してボランティアに対する流れを変えるほうが、最終的に助けられる人が増えるから。そうすることにしました。