サロンで始める
訪問美容~データ&実例編~
超高齢化社会を迎え、サロンの潜在市場として注目される “訪問美容”。
データや実践事例を交えて訪問美容の可能性について考えていきます。
vol.55
実例編訪問美容歴30年の経験から見えてきたこととは?
「晴れのち晴れ 」長尾正継さん
- 訪問美容開始:
- 1993年ごろ
- 訪問施設数:
- 6施設
- 施設訪問頻度:
- 1カ月に1〜4回(1回の訪問で5〜60名)
- 訪問個人顧客数:
- 約100名
- 個人顧客訪問頻度:
- 1〜6カ月に1回
- 価格:
- 在宅:カット6,500円〜、カラー1万4,000円〜、パーマ1万4,000円〜
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Q
訪問美容を始めようと思ったきっかけは?
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A
保育園の園長をしていたお客さまからのお声掛けでした。
保育園が休みの日に、高齢者の方を集めた場でカットをしたのが始まりです。
30年前に独立して、自分のサロン「晴れのち晴れ」を構えたとき、当時60代だったお客さまが「私が元気なうちはここに通うからね」とおっしゃってくださいました。そのときは軽い気持ちで、「来られなくなったら僕が伺いますから」と返していたんです。訪問美容という言葉もまだ一般的でなかった頃でしたが、「将来的には自分から行く手もあるかな」となんとなく思いました。
また、別のお客さまで、保育園の園長をしている方がいました。当時は介護保険やデイサービスがまだなかった時代だったのですが、「保育園が休みの日曜日に、高齢者向けにレクリエーションなどをやりたい」とおっしゃっていたのです。そのときも気軽に「いいですね、何か手伝えることがあったら言ってください」とお伝えしたら、「髪を切りにきてくれる?」と言われて、3〜4名の髪を切りに行きました。「お客さまがサロンに来られなくなったら伺う」と言っていたことが現実的になって、ワクワクしましたね。
看護師をしているお客さまから訪問先を紹介され、ビジネスとしてスタート。
その直後に、看護師をしているお客さまに保育園での経験を世間話的にしていたら、「自分は訪問看護をしていて、髪を切りに行けなくて困っている患者さんがいる」と言われたのです。その方のご紹介で、在宅で介護を受けている方を数名ご紹介いただき、訪問美容をビジネスとしてスタートすることにしました。「晴れのち晴れ」は私の個人サロンで完全予約制にしていたので、訪問美容の予定も入れやすかったのです。価格もサロンと同等でスタートすることができました。当時はサロンに軸足を置いていたので、訪問美容を始めて10年くらいは紹介された方のみで、比率としても1割程度でした。
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Q
まだ訪問美容が少ない時代に何から始めましたか?
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A
専用の道具がほとんどなかったので、自分たちで作りました。
個人宅でシャンプーしやすいイスを自分で作り、販売もしていました。
最初に保育園に行ったときは、はさみと霧吹きとドライヤーと、養生のための新聞紙を持っていきましたが、ビジネスとなると道具をどうするか考えました。個人宅でシャンプーができるシャンプーボウルを探したところ、訪問美容をやっている美容師さんが自分でシャンプーボウルを作って販売していたのです。それを購入したのですが、リビングにあるイスではシャンプーの姿勢がつらそうな気がしました。そこで、楽な姿勢がとれるようリクライニングができて、持ち運びに便利な軽量のイスを私が作ることにしました。ホームセンターでキャンプ用のイスを購入して、座面の素材を張り直したりして、訪問美容の施術専用のイスに作り替えたのです。シャンプーボウルを作っていた美容師さんと一緒に、全国訪問理美容協会の展示会などで販売していました。数年前に販売を辞めるまで、毎月3〜4台は売れていましたね。
介護の資格を取ることで、施設からの信頼が高まりました。
最初の10年くらいは紹介を受けた個人宅を訪問するくらいでしたが、徐々に増え出した頃に介護保険制度が始まりました。ケアマネジャーの方々が居宅介護支援事業所を開設し始めたのです。そのときに「これからは訪問美容のお客さまが増える」と考え、本腰を入れようと、チラシを作ってケアマネジャーさんたちの事務所に配り始めました。最初の頃は「ケアマネさんやヘルパーさんが同席しないとやらない」と言っていたため、お客さま、ヘルパーさん、私の三者の予定を合わせなければならず、スケジュールをうまく組むことが難しかったのです。自分もある程度介護の知識や技術が必要と思い、2012年にホームヘルパー2級(現在の介護職員初任者研修)の資格を取りました。でも、介護施設では「ヘルパーは誰でも取れる」と思われていたため、近所のデイサービスで送迎と介助の仕事をさせていただいて介護の実務経験を積み、介護福祉士の国家資格も取得しました。訪問美容は介護の資格がなくてもできますが、資格があることでやはり施設の職員の方からの信頼度が変わると実感しています。介護福祉士の資格を取得した後の現在も、毎朝のデイサービスの送迎は続けています。自分が楽しいこともありますが、お迎えに行ったときにご家族の方にお目にかかれるので、「実は本業は美容師です」とお伝えすることで、訪問美容の営業にもつながるメリットもあります。
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Q
すべての訪問をお一人でされているのですか?
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A
人数が多い施設は業務委託スタッフに来てもらっています。
講師を務めたセミナーの受講生たちが業務委託スタッフとして活躍。
個人宅や介護施設とは別に、藤沢にある高齢者向けの病院へボランティアで通っていました。そこでは普段は職員の方(元美容師)が入院患者さんたちのヘアカットをしていたのですが、業務が多忙で大変だったようです。そこで私へ「ボランティアではなくビジネスとして来てほしい」とおっしゃってくださり、毎月通わせていただくようになりました。1回の訪問で60名ずつ施術するため、私一人では無理なので、業務委託のスタッフに手伝ってもらっています。私は10年ほど前から全国訪問理美容協会の理事として、訪問美容を志す人々向けのセミナーの講師も務めています。その受講生たちが実践的に技術を学びながら、業務として収入を得られる場となっています。主に結婚や出産でサロンを退職していた美容師たちで、家庭と無理なく両立できる仕事として訪問美容に励んでくれています。
介護度が高い方や終末期のお客さまが多いため、スタッフとの情報共有が大事。
介護施設や病院でのお客さまは寝たきりだったり、比較的要介護度が高いお客さまが多いです。施術に気を使うことはもちろん、お身体の状態についてスタッフと情報共有することが大切です。血液をサラサラにする薬を服用している方も多いので、はさみで傷付けてしまうと、出血が止まらなくなる危険性があります。万が一のことを考えて、はさみは使わずバリカンでカットしています。掃除機に取り付けることで、髪を吸いながらカットできる専用のバリカンを使用していますが、スタッフにも使いこなせるよう練習をしてもらっています。
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Q
現在、サロンをもたずに活動している理由は?
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A
訪問美容の比率が増えたことで、サロンをもつ理由がなくなりました。
サロンワークは面貸しを利用し、軸足は訪問美容に。
以前はサロンのお客さまがご高齢になると、無料送迎サービスをすることもありました。その後外出が難しくなるとご自宅へ訪問するようになり、さらにその後は介護施設へ入られることも。そのお客さまのために施設へ訪問しているうちに、他の利用者さまからの依頼が入り、施設全体との契約につながったケースがほとんどですね。これからの超高齢社会では訪問美容のニーズがますます高まるでしょうから、自分がサロンにいる時間は減っていきます。また、サロンが入っている建物のオーナーであった妻の親が数年前に亡くなり、相続の関係で建物を手放す必要に迫られました。それなら、自分はもうサロンをもたずに、予約が入ったときに面貸しサロンを利用することにしたのです。現在は軸足が訪問美容に転じていますので、サロンをもたないことで固定費がかからなくなりました。
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Q
30年間続けてきて、訪問美容について思うことは?
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A
サロン経営が大変な時代。多くの美容師に本気で取り組んでほしいです。
覚悟は必要な仕事。でも大きな喜びをもらえる。
訪問美容に携わると、お客さまからもらえる「ありがとう」の重みに気づけると思います。サロンのように美しくするためではなく、清潔にするための施術であっても、施術後に鏡に映ったご自身の顔を見て喜んでくださる姿にいつも心を打たれます。セミナーではさまざまな方が受講に来られますが、本気でやろうと思っているのか、サロンのお客さまが減ったから訪問美容に手を出してみようと思っているだけなのかがすぐわかります。前者の方々は、その後にオーナーさんからご連絡が来て、「うちのサロンで個別に講習をしてほしい」とおっしゃられたり、介助のメカニズムなども学ぼうとしてくださいます。一方、後者の方は、実践で終末医療の病院に連れて行くと「無理」と言ってやめてしまう。元気な方をきれいにするサロンとは違うという覚悟はもって取り組んでほしいですね。
「日本訪問理美容連合会」を発足し、ガイドラインを作成しました。
昨今、訪問理美容に参入する事業者が増える一方で、サービス水準の低下が危惧されるようになってきました。利用者さまが安心して利用でき、理美容師が安定して働ける環境づくりや訪問理美容業界の健全化と活性化を図るため、今年の10月に、訪問理美容を営む7社共同で「日本訪問理美容連合会」を発足しました。私は全国訪問理美容協会の理事長代理として参加しています。日本訪問理美容連合会では、よりよいサービスを提供するための自主的なガイドラインを作成しました。これから訪問美容を志す方にも、現在活躍中の方にも参考になると思います。
長尾さんからひとこと
コンビニより数が多いサロン。そこに自力で行かれる人がどんどん減り、サロンにとって厳しい時代です。訪問美容に取り組む必要性や意義を真剣に考えることが、サロンの経営者には求められているのではないでしょうか。