サロンで始める
訪問美容~データ&実例編~
超高齢化社会を迎え、サロンの潜在市場として注目される “訪問美容”。
データや実践事例を交えて訪問美容の可能性について考えていきます。
vol.3
実例編スタッフ全員でヘルパーの勉強。介護の知識を持って
取り組むサロンのおもいとは?
SAKULA(大阪市港区)
- 全スタッフ15名
- 2店舗
- オーナー:
- 田口美保子さん
- 訪問美容開始:
- 2012年
- 訪問施設数:
- 8施設(月1~4回訪問、計月70~100名)
- 施設訪問頻度:
- 月1回(施設により異なる)
- 訪問個人顧客数:
- 約80名(大阪市内・吹田・豊中・堺・高石、1~3カ月に1回)
- 訪問スタッフ:
- サロン兼任3名、専任5名
- 価格:
- カット…施設2,000〜4,000円、在宅3,000〜5,000円
-
Q
訪問美容を始めたきっかけはどんなことでしたか?
-
A
常連のお客さまが寝たきりになられたことでした。
寝たきりのお客さまの施術がうまくできず、ヘルパーの勉強をしました。
サロンに何十年も毎月親子で通ってくださっていた常連のお客さまがいらっしゃいました。お母さまがご病気になり、その後寝たきりの状態になってしまい、ご自宅にカットで呼んでいただいたのが最初でした。けれどそのとき、寝たきりの方に自分のイメージどおりに施術できなかったのです。料金をいただくのも申し訳ない気持ちになり、介護の勉強をちゃんとしようと考え始めました。
しばらくして、そのお客さまのお嬢さまから「母が亡くなったので、湯灌(入棺の前に体を清める儀式)の際に、最後のカットをしてほしい」とご連絡がありました。辛かったですが最後のお勤めという気持ちで施術させていただいたのです。同じ頃、私の祖父が亡くなりました。人に触られるのが嫌いな祖父にたった一度顔そりをしたとき、「来週も来るね」といった後にできなかったことが悔やまれて。
そうしたことが重なり、訪問美容は「自分がやるべき仕事」と決心しました。寝たきりの方の施術には最低限の介護の知識が必要と思ったので、ヘルパーの勉強をして資格を取りました。
「一生お客さまとおつきあいする」ために、サロン全体での取り組みにしました。
訪問美容の必要性は感じていたものの、最初は私個人で始めました。スタッフたちは「美容=華やかな世界」と思ってスタイリストになったと思っていたので、正反対の訪問美容には興味がないだろうと思い込んでいたのです。けれど、子どものいるママスタイリストに話してみたらすぐに「やりたい」と言ってくれました。そのスタッフが取り組む背中を見て、ほかのスタッフも興味を持ち始めてくれました。
それで、「サロンとして本格的にやるなら、みんなでヘルパーの資格を取ろう!」と。勉強のために学校に通う時間は出勤扱いで、資格取得の費用も会社持ちでと決めました。喜ぶスタッフもいれば、反対するスタッフもいましたが、「地域密着型サロンとして『一生SAKULAで切ってもらいたい』とお客さまに思ってもらおう。それをサロンの強みにしていこう」と伝えると理解してくれました。
-
Q
訪問美容を続けるために、営業、スタッフ募集、訪問の現場などで苦労されていることは?
-
A
最初の1件を見つけるまでに半年かかったり、精神的に辛く感じるスタッフもいました。
営業は手当たり次第。訪問美容での求人はかなり応募がありました。
最初は訪問先を得るために、近隣の施設を調べて、手当たり次第チラシを配るなど働きかけました。けれど、施設のスタッフの方々にとっては、利用者のヘアカットは主業務ではないため、なかなか取り合ってもらえませんでした。最初の1件は、介護スクールで出会った、施設で働いている方のご紹介でした。営業を始めてから半年くらいたっていましたね。それからはケアマネジャーさんたちのご紹介などで広がっていきました。現在はサロンのホームページ(http://www.sakula.jp/news.html)や、Facebookで、メニューや活動をお知らせしています。
スタッフは、サロンと兼任しているのが私を含め3名、訪問専任スタッフはパートで5名います。パートの方々は求人広告からの採用で、1回求人を出したときに相当数応募がありました。面接したのが約20名くらい。現在の5名は、ヘルパーや、個人でサロン経営、他店のサロンでパート勤務されているなど、他の仕事と兼任しています。
介護の現場は何が起きるかわからないため、最低限の知識が必要。
1回の訪問で担当する人数は施設側の要望によりケースバイケースですが、効率よく訪問できるよう心がけています。例えば10人の施術にひとりで行くときもあれば、「10人だけど時間制限がある」という場合は、ふたり派遣するときもあります。
また、在宅の初回は、必ずご家族やケアマネジャーさん、ヘルパーさんなど、第三者の立ち会いを条件としています。何が起きるかわからないので、お互いに慣れるまでは1対1は避けたいですね。
ヘルパーの資格を取ろうと思ったのは、直接介助をするためではなく、知識があれば、お客さまに何かあったときに自分たちが動揺せずにすむからです。知識がないと、高齢者やご病気の方々が危険な状態にあることに気づかず施術に入ってしまう怖さもあります。だから、最低限の知識は持っていた方がいいですね。
訪問美容は「おもい」が必須。でも「強さ」も大事。
訪問美容の現場では、ご高齢のお客さまを施術してキレイになったときの笑顔がとてもやりがいにつながります。特に認知症の方などは、肌に触れることが癒しになることもあるようです。ご本人だけでなく、日頃介護で疲れているご家族が「あら、お母さんキレイにしてもらえたね」と明るい表情になったり。親子愛・夫婦愛・家族愛、たくさんの愛にふれて涙してしまうこともあります。
その一方で、お客さまが亡くなられたり、だんだん体調が悪くなられていくなど、精神的に辛いこともあります。それで辞めたスタッフもいて、続けるむずかしさを感じるときもありますね。
ビジネスと割り切るのも大事ですが、高齢者の方々への気持ちがないとお互いに歓べる仕事にはならないと思います。「ずっとキレイでいてほしい」というおもいと、辛い日が来ても乗り越える強さの両方が必要かもしれませんね。
-
Q
今後、訪問美容についてどのようなビジョンをお持ちですか?
-
A
業界全体が「安心・安全」と信頼されるように努めていきたいです。
お客さまも、スタッフも、ずっと共に歓びを分かち合いたい。
ご高齢者やそのご家族で困っている方は大勢います。だから「会社としてやるべきこと」と思って今までもやってきました。でも続けてこられたのはスタッフたちが賛同してくれたから。その背景には、当社の理念として「人々を幸せにし続ける」ということがあります。今だけではなく、「この先もずっとお客さまを幸せにしていきたい」おもいは、スタッフたちも持ってくれています。また「共に歓び、共に成長」という理念もあり、当初はスタッフへの気持ちでしたが、訪問美容を始めてから、お客さまと「ずっと歓びを分かち合いたい」と強く思うようになりました。
訪問美容をする人が増えたときに、不安を持たれない業界にしていきたいです。
今後、在宅介護の方も増えてくるでしょうし、高齢者施設が増えることは間違いありません。求められている仕事だからこそ、きちんとやっていかなければと考えています。訪問美容をするスタイリストやサロンが増えることは大歓迎ですが、危険をともなう可能性があることも事実です。どこかで1件でもトラブルが起きると、訪問美容業界全体に影響します。不安を持たれないように、業界全体で介護のことや高齢者のことを勉強する姿勢を持って、ひろげていけたらいいですね。
田口さんからひとこと
訪問美容に関心を持っている方は、きっかけがそれぞれあると思います。そのおもいを大切にしながら、介護のことについても知識を増やして、あきらめずにがんばっていってほしいです。もし参入することに不安があるとしたら、何が不安か具体的に考えて、それを一つひとつ解決していけばいいと思います。私の場合は、介護の知識がなくて最初のお客さまのときにうまくできなかったので、勉強して、不安を解消することから始めました。一緒にお客さまに歓んでいただける業界にしていきましょう!
次号では、訪問美容に早く参入を試みたものの、一度挫折を味わったサロン事例をお送りする予定です。
Salon Data
SAKULA【サクラ】
- アクセス
- JR環状線「弁天町駅」より徒歩10分、大阪市営地下鉄「弁天町駅」より徒歩7分
- 創業年
- 1969年
- 店舗数
- 2店舗
- スタッフ数
- 15名(うちパート8名)