2011.12.14
2011年3月11日に起きた東日本大震災以降、あらゆるものの価値や本質が問われています。前リッツ・カールトン日本支社長の高野登氏が提言するホスピタリティの重要性は、3.11後の美容業界が求められている課題への、ひとつの解答とも言えるかもしれません。お客さまと企業が共鳴し、ブランドという価値を作り上げていく “本物の組織”の真髄を、高野氏の言葉から感じ取ってください。
PROFILE
高野 登(たかの のぼる)
1953年、長野県生まれ。プリンスホテルスクール(現日本ホテルスクール)第一期卒業。1974年渡米。ニューヨーク(NY)・ホテルキタノ、NYプラザ、LAボナベンチャー、SFフェアモントなどでの勤務を経て、1990年にザ・リッツ・カールトン・サンフランシスコの開業に携わる。1992年に日本支社開設のため一時帰国。1993年にはホノルルオフィスを開設。翌94年、日本支社長として転勤。リッツ・カールトンの日本における営業・マーケティング活動を行いながら、ザ・リッツ・カールトン大阪の開業準備に参画。2007年3月のザ・リッツ・カールトン東京の開業後は、さらにポジショニングを強化すべく、積極的にブランディング活動に取り組む。2009年9月、退社。2010年1月、人とホスピタリティ研究所設立。現在に至る。
|第3章|“作業”と“仕事”の大きな違い
最初は「お客さまの夢を紡ぐ」という高い志を持っていたにもかかわらず、次第に馴れ合いになってきて、仕事をしているはずが“作業”をしていた、ということがよく見受けられます。リッツ・カールトンでは新入社員を教育する時、必ず伝えている2つの主題があります。それは「仕事と作業の違い」、そして「サービスとホスピタリティの違い」です。
仕事と作業の違いについては、有名な例え話があります。
一人の旅人が、ある村を通りかかったところ、石切り場で村人たちが悪戦苦闘して、とてもつらそうな様子で働いている。旅人が「みなさんは何をやっているのですか?」とリーダーらしき人に話しかけると、「私たちは期日までに、たくさんの石を切り出さなくちゃいけないんです」と、顔をしかめて答えました。
旅人がまた歩いていくと、村のはずれに同じような石切り場があって大勢の人々が働いているのだけれど、先ほどの場所とは違って、みんな生き生きとした表情をしている。汗だくできつい仕事をしているのに、だれ一人苦しそうに見えない。旅人が話しかけると、リーダーがうれしそうに答えたのです。「私たちはありがたいことに、村人の心の安らぎになる教会を作らせてもらっています。あそこで切っている石は壁になって、こちらの石は祭壇になるんですよ」
最初の集団と2番目の集団は、どちらも同じように仕様書と期日が与えられていて、異なる点はただひとつ。2番目の集団には、この仕事が何のためにあるのかという目的がきちんと伝えられていたんです。つまり、最初の集団が行っていたのは“作業”、そして、2番目の集団が行っていたのが“仕事”です。自分たちが切り出している石が教会になって、日曜の朝に人々が集まり、心休まるひと時を過ごしている——そんなイメージが、彼ら一人ひとりの頭の中に明確に浮かんでいるのです。
この例え話を現代に置き換えると、出社してタイムカードを押して、一日の作業工程をこなし、またタイムカードを押して退社するのは“作業”です。一方、自分がやっている仕事の意味や、自分がチームに存在している理由、さらにチームが生み出そうとしている価値を考えるのが“仕事”で、その違いは、働いている人の顔つきや目の輝き、表情に表れてきます。
ホテルという業界は、実はとても“作業”が起こりやすい場所なんです。単純作業が多いので、1〜2か月もあれば仕事をひと通りこなせるようになってしまう。だから、リッツ・カールトンでは、何のためにその仕事があるのかを、スタッフに徹底して伝えています。
作業員の集団は成長しないけれど、仕事のプロは、考えることによって感性のエンジンを大きくしながら、どんどん成長していく。この“考える”という行為はひじょうに重要で、次に述べる「サービスとホスピタリティの違い」にも大きく関わってきます。