第2章いかにして離職率を12%まで下げたのか?
「スタッフのためではなく、スタッフの立場で考える。
成長を実感できる機会を与えてあげることが大切です。」
技術だけではなく、接客の姿勢も大切にするとのお話がありました。採用時点で、人材の選択基準にしていることはありますか?
年齢や経験は限定せずに、「目的・目標を持っているか」「成長したい意欲があるか」という基準で採用しています。QBハウスに応募してくる人はヘアスタイリスト経験者も多いのですが、経験者であってもより成長しなくてはならない。これまで30分かけてカットしていたものを、10分でやらなくてはいけないわけですからね。「どうせ1000円カットでしょ?」とあなどった姿勢の人は成長できず、結果的に辞めていきます。
「意欲があるかどうか」は、挨拶ひとつにも表れます。スタッフは研修で本社に来ることもありますが、その時に廊下ですれ違っても目を合わせず挨拶しない人もいます。挨拶はサービス業というか人間関係の基本ですから、それをやらないというのは「意欲がない」と捉えます。
本日取材におじゃまして、社内ですれ違った方はみなさん気持ちのいい挨拶をしてくれました。簡単なようでいて、徹底させるのは難しいですよね?
それはもう繰り返し伝えて、態度で示すしかありません。私が社内報に書く話は「挨拶をしよう」というものばかり(笑)。なぜ挨拶が大切なのか?それは、「相手の存在を認めることだから」です。QBハウスの券売機前で困っているお客さまがいて、スタッフが声がけもせず放置していたらどうでしょう?お客さまの存在を認めていないも同然です。ただ「挨拶をしろ」というだけではなく、私自身も「なぜ挨拶が必要か」を考えてから伝えています。
これは挨拶に限ったことではありません。繰り返し伝えるうちに共感する人が増えていく。その積み重ねが大切なんです。焦らずに、少しずつでも根付かせることができれば文化になる。文化になったら、たとえ社長が代替わりしても引き継ぐことができます。企業の理想は、代替わりしても持続する組織であることです。私は前職の銀行が経営破たんし、いきなり職を失う同僚の姿をみるという経験があったので、特に「持続する大切さ」を実感しています。
スタッフが安心して働き続けられる環境をつくることは、企業の務めです。弊社は創業21年目で、私が4代目の社長です。代替わりして多様な価値観の人がどんどん入っても成長してこられたのは、「社内に根付いた文化を引き継げているから」という面があると思います。
働く姿勢や接客対応は北野さんが直接、全社員に指導することはなかなかできませんよね。トップから中間管理層へ、そしてスタッフへと伝える過程でうまくいかず、悩んでいるサロンオーナーも多いと思います。この点はどう対処しているのでしょう。
何かを変える時は「上から順」が基本です。だからうまくいかない理由として、「トップ自身が口先だけで行動がともなっていない」ことが考えられます。あるいは「トップの問題意識を中間管理層が正しく理解していない」ため、スタッフにも伝わらない場合もあるでしょう。まずは、中間管理層にしっかりと理解してもらうこと。そして「なぜスタッフに伝わらないのか?」という問題点を考え解決させることで初めて、彼ら自身に“文化”として根付くんです。
手出しして教えるのではなく、「自分で気付き、実感して行動すること」が大切なんですね。
「スタイリストは顧客であるお客さまの問題解決が仕事」だと先ほど話しました。その考えでいくと、中間管理層の顧客=部下であるスタッフです。そして仕事は「部下に関する問題解決」になります。部下に対峙する時の考え方として、「スタッフのために」どうこうしようというのは自己満足。「スタッフの立場で」どう感じるかを考えて実感できると、相手に伝わります。自ら実感していない物ごとは、他人に伝播しないものです。そしてスタッフの立場にたつためには、「語る」のではなく「聞く姿勢」が大切です。
「聞く姿勢」が重要だと考えるようになった理由はありますか。
私が理美容業界出身ではないので、「聞かないとわからない」というのがまずあります。あとは創業者から代替わりした時の経験が大きいでしょうね。私が社長になった時、スタッフの中でそれまで溜まっていた不満が噴出したことがありました。その不満に耳を傾けたことで状況が把握でき、何が問題点なのかがわかりました。だから、どう対処すべきか考えることができた。「耳を傾けること」は、問題解決にはとても大切なんです。
QBハウスはかつて5割ほどだった離職率が、現在では1割前後に下がっていることも興味深い点です。どのようにして、やりがいを生み出していますか?
スタッフからは、「QBで働く仲間の人のよさが魅力」「成長した実感が持てる」という声をよく聞きます。人柄のよさというのは、先ほど話したように意欲を持って働くというQBハウスが求める姿勢が、社内に浸透してきた証拠だと思います。「どんな人を大切にするか」という上層部の考え方を統一し、それをスタッフにも研修などで繰り返し伝えて裾野へ広げていく。こうした取り組みが、「一緒に働きたい仲間がいる店づくり」につながっています。
成長を実感する機会はいろいろありますが、店長になるのもそのひとつ。弊社は店舗数が多いため、スタッフの3~4人に1人は店長になります。店長になって終わりではなく、そこから得る「気付き」もたくさんあります。店長には「マネジメントの考え方」「さまざまな価値観を持つ人に対する理解を深める」などの研修を行っています。
店長とは別に、スタッフに技術指導をする「トレーナー」に進む道もあります。トレーナーとして人を育てることで、自分もまた成長を実感することができます。店長やトレーナーになるには経験は関係なく、まったくカットできない状況から3年でトレーナーになった人もいますよ。こんな未来は本人も想像していなかったでしょうし、次の目標が生まれるきっかけになります。そういう仲間たちの姿を見せることが、スタッフのやる気アップにつながっていると思います。
年1回、店長が集まる「全国店長会」ではさまざまな表彰があるそうですね。
各エリア・店舗の接客やカット技術による表彰、10年勤続者の表彰などを行っていて、参加者の半分くらいは壇上に立つんじゃないかな(笑)。この店長会は、普段はバラバラの店舗で働いていて、ある意味孤立している店長たちに「認め合う仲間がいるんだ」と実感してもらう機会でもあります。
店長会では、各エリアの予選会を勝ち残った代表者による「カットコンテスト」が目玉です。私の発案で始めたのですが、最初は反対意見ばかりでした。「なんで今さら自分たちベテランが、マネキンを切らなきゃいけないんだ」なんて。第1回目は参加者が少なくて予選もなく小規模でしたが、やってみたら盛り上がるんですよ。15分間という時間制限でカットするのですが、緊張してミスもする。でも時間がないからリカバリーできず手を止めてうなだれる人もいる。普段は絶対そんなことはないのに、焦って自分の手を切ってしまう人もいる。それを見ている側も思わず熱くなって、応援に力が入るんです。
4回目を迎えた前回は香港の店長が優勝しました。「日本の技術者の方が海外に勝っている」と考えている人が多いので、優勝者が発表された時はみんなどよめきましたね。その後、盛大な拍手が沸き起こりました。2位は51歳のベテランで、新人スタイリストの付き添いで予選に出たらここまで勝ち上がったそう。本人は出場に乗り気じゃなかったそうですが、表彰の時は壇上で嗚咽するほど感動し、「自分にはまだ伸びしろがあると気づくことができた」と話していました。
出場することによって、あるいは観覧することで、それぞれ「気付き」があり、モチベーションも高まる。僕たち経営陣は、「そういう機会を与える」ことが大事です。回を重ねるごとに規模が大きくなり、出場者の意欲や応援する気持ちも高まってきました。やはり、焦らずに続けることが大切です。