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作家とのコミュニケーション。"
ビジネスのスピードより作家とのコミュニケーション。
千葉
あらためて、ヘラルボニーのビジネスモデルを教えてください。
松田
我々は「著作権ホルダー」である、というのがわかりやすいでしょうか。知的障害などがある作家とアートライセンス契約を結んで、その作品をIPライセンシング化します。商品や企業コラボで展開することになったら、作家や福祉施設に報酬を支払う仕組みです。
千葉
現在、契約している作家の方は、どのくらいですか?
松田
243名・53施設(2024年12月1日時点) です。日本だけではなく、イギリス・ベルギー・スイスのアート作家も。世界に作家エージェントを持つ企業はまだ存在していないので、チャンスだと思っています。世界中の福祉施設をまわりたいですね。一人ひとりは個性のある作品だけど、やはり国ごとに特徴があるんです。育ってきた環境や見てきた色がアートで表現されるのが、すごくおもしろい。
千葉
ヘラルボニーでは原画だと30万円を超えるものもあり、シルクスカーフは2万2,000円、シャツは11万円などの価格帯です。一般的には、障害のある人の作品は安い、という現実もあるように思いますが?
松田
障害のある人が働く事業所で得られる平均工賃は、月に1万7,000円くらいといわれます。一方、私たちの契約作家のなかには、親御さんなどの扶養を超えて、確定申告をするほど収入を得ている人も。持続可能なブランドであるために、適正な報酬を支払いたいと考えています。
でも創業当初は、企業コラボもなかなか進まず、案件単価も安かった。それが、コロナ禍で風向きが変わりました。百貨店から多くのブランドが撤退したことで、空きスペースにヘラルボニーのポップアップを4店舗同時に出店するなどしました。それが評判を呼び、企業案件が多く舞い込むように。コラボした企業も売上が増えて、バリューが上がる。その地道な積み重ねで、毎年案件単価は上がっています。
なかでも、すごく印象的だったことがあって。あるクレジットカード会社とコラボした際、利用額の0.1%がヘラルボニーを通じて、アートを描いた作家や福祉施設の運営に活用されるカードとなります。通常のカードより利率が低いのに、特に若い人がたくさん入会してくれた。性善説が証明されたような…世の中には、「貢献したい」と思っている人が多いと気づかせてくれた出来事でした。
千葉
僕自身もそうですが、まわりにもヘラルボニーのファンが多いです。愛される秘訣はどこにあると思いますか?
松田
もちろんビジネスをする以上はマネタイズする必要がありますが、「ひと儲けしよう」とは思っていない。ただ単に「美しい」「きれい」だけだと、すぐに取って代わられる。僕たちは根底に、「障害についてカジュアルに話せる世の中になるように」という願いがあります。
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インタビュアーの千葉と松田さんは数年前から親交がある。2020年に南青山にあるヘアサロンNORAの協力を得て、美容室でのアート展覧会につながったことも
千葉
オンラインショップを拝見すると、「残り何個」という表示や、品切れになっていることも多いですよね。
松田
あえて、数を絞っているところはあります。今後は、シリアル番号をつけるエディションナンバーも、やってみたいですね。300個限定の場合、購入したものに「58/300」と書いてあったら、ワクワクするじゃないですか。自分たちは単なるモノではなく、「アートを売っているんだ」ということを、もっと強めていきたい。作家に自信を持ってほしいし、それが収入を守ることにもつながります。
千葉
作家と接するうえで、大切にしていることは?
松田
企業との案件や商品になることを受けるかどうかの選択権は、すべて作家にあります。仮に、それをこちらが持てば、スピード感のあるビジネスはできます。でも速さよりも、一人ひとりの作家とコミュニケーションを取りながら、丁寧に進めていく。そこには、すごくこだわっています。
作家の親御さんや、福祉施設なども、こちらの提案をほぼ受け入れてくださるんです。だからこそ、僕たちは勘違いをしてはいけない。契約している作家が、世の中からどう見られるかを含め、責任重大。
福祉職は支援者ともいわれますが、ヘラルボニーは「伴走者」でありたい。横にいて、一緒に歩いていくような形でやれたらいいなと。作家のアートという才能に、僕たちが支えてもらっています。
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ヘラルボニーは2023年、東京・千代田区の霞ケ関駅などにポスターを掲載。「鳥肌が立つ、確定申告がある。」というキャッチコピーは、知的障害がある契約作家の実話から生まれた