第2章トップサロンが着目する、「訪問美容」が持つ価値とは
「サービスを求めている人に提供できていない。
そんな現状を打破してこそ、“生涯顧客”と言えるんです。」
西岡さんは2014年からはご自身のヘアサロン「ローラン」も経営されています。それでもなお、現在も独立せずに「アフロート」の社員でもあり続けるのはなぜですか?
一般に会社を辞める主な原因は「将来が不安」「人間関係の悩み」「やりたいことがやれない」の3つだと思います。「アフロート」の場合はそれがすべてクリアされているので、辞める理由がないんですよ。僕は2000年の立ち上げ時から16年間、一緒に走ってきた「アフロート」が大好きです。宮村は僕を信頼してやりたいことを任せてくれるし、彼自身がいつも新しい提案をしている。そこから、たくさんの刺激を受けています。
「ローラン」を立ち上げた際、宮村さんから反対などは?
まったくありませんでした。それに「ローラン」を立ち上げたのは、「アフロートのキャリアプランを考えてのトライ」という側面もありましたから。美容師がステップアップする段階として店長になることが挙げられますが、「アフロート」の場合は6店舗しかないから6人のスタッフしか店長職には就けない。だったら「自分のサロンを立ち上げるのもひとつの道じゃないかな」と考えて、まずどんなものかと僕自身でやってみたんです。
実際にやってみると、経営するわけですから結構大変で、それぞれの仕事に対する向き・不向きがある。今は何名かのスタッフが自分のサロン立ち上げに動いていますが、僕の経験をふまえて、「これとは別の道筋も必要だな」とわかりました。現在、考えているプランとしては「コスメ開発」や「訪問美容」。「さまざまな選択肢を用意して、部門ごとに分社化し、スタッフに任せる」という方法。これもまずは僕のサロンでトライして、ロールモデルにしていきたいです。
さまざまな選択肢の例として、「訪問美容」というお話がありました。「アフロートが訪問美容を考えている」のは、意外なイメージです。
「いわゆる“ブランドサロン”にいる、僕がやるからこそ意味がある」と思っています。僕はいま37歳。何歳まで働くかわからないけれど、人生の残り時間は少ないんだから価値のあることをやりたい。僕にとって価値があるというのは、「顧客にとって必要だけれども、まだ十分に提供されていないこと」です。
その中でも、「訪問美容」に着目したのはなぜ?
スタイリスト歴も長くなって、僕のお客さまの中には、3世代で通ってくれる方もいます。そのご家族のおばあちゃんは高齢になるにつれ、気軽に来店するのが難しくなっている。あるいは若い方でも交通事故にあってしまい、久しぶりに来店なさった時に「やっと髪を切りに来れた」と話してくれたこともありました。よく「生涯顧客」という言い方をするけれど、サービスを求めている人に提供できていないのが現状ですよね。だからこうしたお客さまのために、「訪問美容」に取り組みたいんです。
先ほどのオンラインコミュニティ同様に、「お客さまのため」というのが原動力なんですね。
美容業は“技術”や“デザイン”など「華やかなものにスポットライトが当たりがち」ですが、本来は「お客さまの幸せのためにあるべき」です。大切な家族がケガをしてヘアサロンに行けないなら、僕は自分の技術を活かして家庭でカットしてあげたい。大切なお客さまに対しても、同じことです。
まだ勉強段階で実現は先のことになりますが、最終的には「おくりびと」的なことも手がけたい。もしも妻が僕よりも先に最期を迎えたなら、お葬式では他の誰でもなく、僕自身がきれいにメイクをして見送りたい。お客さまだって、よく知らない人よりも、なじみの美容師が人生最期のメイクをした方が喜んでくれるんじゃないかな。そこまで担当してこそ、「生涯顧客」と言えると思います。
「訪問美容」は、最近の若い子たちからの注目度も高いですね。
今の若者たちはネットやSNSの普及もあって「社会とつながる」ことが当たり前で、「社会貢献に価値をおく傾向」がありますよね。そういった面で「訪問美容」にも魅力を感じるのかもしれません。
近年は「美容師のなり手不足」が課題ですが、その原因の一端は美容師が「虚業」だと思われていることにあると考えています。「技術を磨いてデザインを追求して、40代、50代になった時にも、その姿勢を続けていくのは難しいのでは?」そう考えると、がんばった先にあるものに夢が描けないですよね。
「顧客と共に年齢を重ねて、やがては訪問美容に働く場を広げていく」。そして親や妻、顧客の最期を見送る役割も務められたら、素敵だと思いませんか?こうした取り組みこそが美容師の社会的意義を高め、「一生の仕事」たりうる価値の獲得になると思っています。そして結果的には、「なり手不足の解消」につながるのではないでしょうか。