第2章ネイリストの価値を上げるために
「ネイリストの社会的立場はまだ低いかもしれないけれど、
うちのスタッフであるからには価値を高めてあげたい。」
ご自身のサロン「Jill&Lovers」をオープンした当初はおひとりだったんですよね。
最初は以前からのお客さまがサロンを見つけて来店されるくらいで、ひとりでもそれほど忙しくはありませんでした。でも1年ちょっと経ったころには予約が4カ月待ちという状況に。それで、ネイリストと受付担当として3名のスタッフを雇い入れました。
その後、支店もオープンしています。最初から店舗は増やしていく計画だったのでしょうか。
手広くやるつもりはなくて、むしろひっそり隠れ家のようなサロンにするイメージで、1号店は渋谷でも静かな立地を選んだほど。でも次第に予約待ちの方がでてきてしまって…。お客さまを受け入れきれないのが嫌で前の職場を辞めたのに、また同じ状況になっては意味がない。だったらスタッフや店舗を増やそう、という感じですね。オープン当初もいまも、私を支えているのは最初のサロンを辞めたときにいただいたお客さまの声。自分に価値があると求めてくださるなら、それに応えたいと思ってやってきました。
結果的にスタッフを雇用する立場になり、おひとりで働いていたときと比べてご自身に変化はありましたか?
大げさかもしれませんが「人間になれた」と思います。以前の私は人見知りだったし、家庭環境が悪いことを知られたくないという想いから、自分のことを話したり注目されたりすることが好きではありませんでした。でも人を雇うからには責任がありますから、相手と関わらないわけにはいかない。そうしてきちんと向き合ってみるとお客さまと同様に、スタッフたちも私を認めてくれているんだってことが伝わってきて。だからこそ私はスタッフがとても大事だし、スタッフたちに支えられているいまは幸せだと感じています。
24歳という若さで会社を設立された当初から社会保険などの待遇をきちんと用意されたのは、参考にしたサロンや人がいたのでしょうか?
細かい点は税理士さんなど専門家の力を借りますが、人を雇うからにはちゃんとしたいので基本は自分で調べて動きます。自分が味わったような金銭的な苦労をスタッフにはさせたくありませんから。だからたとえうちを辞めてもしばらく困らないように、勤続2年目からは退職金の積み立てもしています。「積み立て保険が保障になって、おかげで家のローンが組めた」といってくれたスタッフもいるんです。ネイリストの価値はまだ低いかもしれませんが、うちのスタッフになったからには価値を高めてあげたいと思っています。
女性スタッフばかりの職場だけあって、結婚・出産にともなって従来とは違う勤務体制もとっているそうですね。
最近、初めてスタッフが妊娠をしました。なので、これからどうしたら働きやすいかを話し合っているところです。その子は最初、結婚をするときに「退職します」といってきたんです。驚いてなぜかと聞いたところ、「結婚して家事の時間もほしいから、ネイリストは続けたいけど辞めるしかないと思った」というんですね。そんなわけはないでしょう?結婚しても働きやすい形をつくればいいんです。だから社会保険や厚生年金の条件に適う範囲での時短勤務体制を新たに設けて、働き続けてもらいました。
結婚や妊娠をしながらも働いてくれているスタッフがいることは、「働き続けていいんだ」と後輩たちに安心を与えることにもなって、会社にとってもいいことだと感じています。将来何が起きるかわからないし、女性は男性に守ってもらう時代でもありません。だからこそ保険や退職金を積み立てながら働ける環境を与えてあげたい。将来的には、女性の雇用に関してお手本となるような会社になりたいと思っています。
「Jill&Lovers」では教育面にも力を入れて、アシスタント、Jrネイリスト、ネイリストとスタッフのレベル設定をしています。売上がないアシスタント制を導入しつつ、給与や保険などの待遇もきちんと整備できている秘訣は?
それは単純なことで、単価を下げないこと。そのためにも、しっかりとした技術が必要です。だからこそ「アシスタント時代」を設けて、しっかり教育することが重要なんです。
美容師さんは専門学生時代にサロンへ研修に行きますが、ネイルスクールはそういうこともあまりないし、ネイリストはもっと勉強するべきだと思っていて。だからうちのスタッフには他店のネイルサロンに体験へ行かせて、レポートを提出してもらっています。実際にお客さまの立場にならないと、求められているホスピタリティが何なのかわからないですからね。特に初めて行くサロンだと要望が伝えづらくて、結果的に仕上がりが不満でクレームにつながったりもします。自分でお客さま体験をすれば伝えづらい心理が理解できて、自然ときめ細かく声がけをする重要性も認識できますよね。日ごろから声をかけて気遣う大切さを伝えていることもあって、うちではクレームをいただくことはほとんどありません。
そうしてサロンの品質を高く保って、たとえ敷居が高いと思われてしまっても「それこそがうちの価値」であり、来ていただいたからには喜んでいただける、料金だけの満足があると思っていただける存在でありたいです。そして一定の単価を確保して、将来的には月に1~2週間勤務で年収400万円以上の待遇をスタッフに与えることを目標にしています。