全員が「自分のお客さま」
anoneの特徴は、スタッフ全員がすべてのお客さまを「自分のお客さま」だと考えて接客していることにある。
お客さまの情報はサロンボードを活用してカルテに必ず記入し、その日に来店されるお客さま全員の情報を、スタッフ全員が確認する。
書き込む内容は主に施術の履歴など、技術に関すること。「過去に自分がどんな施術を受けたかをしっかりわかってもらっていると安心する」というお客さまの声を受け、細かく記載するようにしている。
また、リピートでの来店では、「前回は〜〜のようにされていましたよね」など、あえて「ちゃんと把握している」ことを伝えるように心がけている。
担当者以外のスタッフが会話する場合もあるが、受付時なら「前回いらしてからだいぶ髪が伸びましたね」、施術後なら「だいぶイメージ変わられましたね」など、サロン全体で見守っていることを感じていただけるように意識している。
一方で、「知られすぎていても居心地が悪い」ことにも配慮し、プライベートな雑談に関しては踏み込みすぎないことも徹底。
この絶妙な距離感こそが、居心地の良さを生み出している。

2席3名体制で高生産性を発揮
サロンは2席だが、総スタッフ数は6名で、そのうち常時3名で営業している。
この体制を導入した当初は無駄な時間が発生することも懸念されたが、実際にやってみるとむしろその逆だったそう。
3名全員がスタイリストでありつつ、自分の担当のお客さまではない時は、お互いのアシスタントとしての作業も行う。
これにより施術の効率が格段に上がり、ひとり当たりの施術時間が30分以上早く終わるようになった。所要時間が短くなることでプラスメニューの提案もしやすくなり、トリートメントやハイライトなど、結果的には単価アップにもつながった。
また、スタッフが時間に追われることがなくなったため、心にもゆとりが生まれ、接客の質も向上。気持ちの面でもよい効果が出ているという。
常にほぼ満席状態を維持できており、2席という限られた席数で最大限の生産性を上げることができている。
スタッフ全員が美容師を「楽しむ」
スタッフは全員女性で、美容師経験10年以上のベテラン揃いだ。ただ、ベテラン特有の「自分のこだわりへの固執」などはまったくなく、お互いによい関係が築けているという。
その維持方法はというと、定期的なミーティングなどは「ゼロ」。スタッフ全員の連絡用チャットグループもあるが使われることは多くない。
そんな中でもとてもよい関係ができていることを代表の橋本さんは「不思議」とも話してくれたが、おそらくその理由のひとつには、採用時点から「波長」を大切にしていることが挙げられそうだ。
サロン経営の理念は「お客さまだけでなく、スタッフも楽しむ」こと。採用面接では技術などはもちろんのこと、「この人と一緒に働いたら楽しそうか」も重視している。
ミーティングをわざわざ設定しなくても、施術で迷うことがあればお互いに相談やアドバイスをしあう。誰かの施術が終わった後には「さっきのお客さま、めっちゃかわいいスタイルに仕上がってましたね」などの声掛けも自然に飛び交う。
そういった行動が当たり前にできる人が集い、お客さまだけでなくスタッフも日々の仕事を「楽しむ」という気持ちを持つことで、働きやすい環境が生まれている。

インタビュー

代表 橋本 晃子さん
1983年生まれ、滋賀県出身。専門学校卒業後は京都で美容師として就職。結婚・出産を機に地元・滋賀県に戻り、県内の美容室に勤務。2021年7月に独立し、anoneを開業。
―2席に対して3名のスタッフという運営方法は非常にユニークですよね。
そうですね。これまではサロン全体で4名のスタッフがいて、2名で2席を回していました。現在は、総スタッフ数を6名まで増やし、1日あたり3名で2席の体制に変更しました。
利益を思うと本当は2席に2名がいいけれど…と最初は不安もあったのですが、始めてみたら効率が上がったり、単価アップにもつながったりで、いいことの方が多かったですね。
全体的な人数に余裕ができたので、子育てをしながら限られた時間で働きたいスタッフにも柔軟に対応できるようになりました。
―日によって、出勤しているスタッフの組み合わせが違うということですか?
はい、お店のSNSなどで「今日はこのスタッフが出勤しています」といったことを告知しています。
どの3人が一緒かによって、お店の中の空気も少しずつ違って新しい気持ちです。お客さまにとっても、同じサロンでもマンネリを感じないといういい効果があるのではと思います。
―スタッフ全員がそろってのミーティングなどはありますか?
そういったものはゼロですね。全員が揃うのは、年に2回ぐらいかもしれません。
それも、別にミーティングではなく、みんなでフェスに行ったり、テーマパークに行ったり。プライベートで遊びに行くのと同じです。
スタッフの中で誰かが行きたいと声をあげてくれて、じゃあ行こうか、という感じで決まります。
私から声をかけてしまうと何か「強制」のようになるかもしれないとも思っていて、それは絶対に嫌なので、私から誘ったことは実は一度もありません。
―とても自然に、よい人間関係が築けているんですね。
そうですね。全員の仲がよくて、適度な距離感を取れています。なぜなのかは不思議ですが(笑)。
子育て中のスタッフが多く、境遇が似ている方が多いこともありそうです。「意識のすべてがお店に向いているわけではない」ことが逆にいいのかもしれません。
両立するのはなかなかに大変ですが、いい意味で仕事を「息抜き」と考えられる瞬間もあるようです。
―その空気感はお客さまにも伝わっているとか?
2席が隣り合っているので、気づいたらお客さま同士がお友達になられていることがあります(笑)。
美容室って、空間的にどうしても隣の話が聞こえてしまうことがあるじゃないですか?
そういう時に、隣で施術をしているスタッフがつい話に入ってしまうこともあるんですが、そうするとお客さま同士も一緒に話すようになって。4人で会話をして、その時たまたま一緒になったメンバーなのに、全員で仲良くなってしまうんですよね。
ただもちろん、お客さまによっては会話をされたくないこともあるので、そういう時はすっとお互いが引いたり、空気を察するようにしていますね。
―サロンの空間づくりも、とてもこだわっているのでは?
非日常らしくしたい、そして逆に「美容室らしくはしたくない」と考えています。
2席しかないので世界観は作り込みやすく、その利点を最大限に活かして家には置けないようなサイズの植物をいたるところに置く、といったことをしています。ジャングルみたいですよね(笑)。

―ドリンクにもこだわりがあるそうですね。
はい、カフェで出てくるような、ちゃんとドリップしたコーヒーなど、ちょっと上質なドリンクを意識しています。
皆さん、それと植物を一緒に写真に撮ってSNSにあげてくださることもあります。
カフェなのか、美容室なのか、ちょっとわからないような感じです(笑)。
店内を写真に撮っていただけるのはうれしいですし、「髪を切りたい」のはもちろん、「この空間自体に足を運びたい」と思っていただけたらいいですよね。
―経営する立場として意識していることはありますか?
サロンでは常に元気でいることかな、と思います。家では疲れ切っていることもありますが(笑)。
それでも、お客さまに対しては常に明るく接したいですし、お客さまと同じぐらい、スタッフに対しても明るい自分でいたいと思っています。
雨が降った日、元気が出ない日は、逆にとても派手な服を着るとか、自分でどうにもできない日はモノに頼ることもありますが、それでも常に明るくいる、というのは大事にしています。
―スタッフの皆さんの働く環境づくりで心がけていることはありますか?
一人ひとりに応じて柔軟に向き合うことです。それぞれの方で、大切にしているものもライフスタイルも違うので、できる限りそれに合わせてあげたいと思っています。
例えば、現在はパートとしての契約で少し遠方から通ってくれている方がいるのですが、交通費は全額出しています。時給での契約の方の場合、お昼の休憩時間の分もお支払いすることにしています。
その人に合わせたいちばん働きやすい形を一緒に考えて、「ここで働けるのはラッキー」だとスタッフが思ってくれたらいいなと。
スタッフが辞めないで長く働いてくれれば、お客さまの安心感にもつながると考えていますし、長く働いてもらえる環境でありたいです。

―これから、サロンをどうされていきたいと考えていますか?
スタッフが楽しんでサロンワークを続けられる環境を保ち続けることに尽きます。そのためにはまず私自身が楽しまないと、その空気は伝染してしまうと思うので、同じ空気を一定に保てるようにすることが目標ですね。
「現状維持は衰退」という方も中にはいることは理解していますが、個人的には何かを「維持する」ということだって、とても大変で難しいことだと思っています。
特に女性にとっては、結婚や出産などのライフイベントによる変化も多く、自分の意思にかかわらず変わってしまうこともたくさんあるので。
自分にも、スタッフにも、サロンやお客さまにも、何か変化があったとしても、「今がいちばんいいなと思える状態」をちゃんと維持していくことを、これからも地道に続けていきたいなと思っています。
取材レポート
「あのね」とこちらにかわいく語りかけてくるような、気さくで自然、柔らかで明るいサロンの雰囲気は、まさに橋本さんのお人柄からスタートしているのだということを、お話しする中で実感しました。
3年連続でのSILVER Prize受賞、そして2026年に初のGOLD Prizeに輝いたanone。
その飛躍も納得のこだわりをたくさんおうかがいできたインタビューでした。
「現状維持」とおっしゃりつつも、「今のいちばん」を確実に更新し続けていることがわかりました。






















